「そうだ、しいな。サイバックでは助けてくれてありがとう」
先ほどの行動は、いわばわたしがゼロスくんにセクハラをしたようなものなのだけれど。最初にねだったのはアイツだろ、と言って、自分と交代する形で戦闘メンバーに押し込んだしいなに、わたしは忘れないうちに、とそう声をかける。
サイバックに来てからというもの、怒涛のように事件が起きて、ほとんど休みなく動き回っているせいでいろいろとタイミングを逃してしまっているけれど、彼女にはお礼を言いたかったし、リフィルさんたちと話がしたいとも思っているのだ。
ここまで一切の休憩がなかった、というわけではないけれど、フウジ山岳に上る前はコレットがまだ戻らなくて焦っていたり、リフィルさんとジーニアスも精神的に疲れていたのかすぐに休んでしまったりで話ができなかったし。山を下りてからは、二人と離れてよほど怖かったのかロイドがべったりだしで、話せるタイミングがなかったのである。
本当に、しいなが助けに来てくれなかったら、リフィルさんとジーニアスのことを追いかけることもできなかった。だから、ちょっと遅れてもいいから、ちゃんとお礼は言う。あと、リフィルさんにも相談しようと思っていたこともしなくちゃ。二人がハーフエルフだって気付いていたのにフォローとかも特に何もできなかったし。
……なんだか、また自分のあまりの無力さ加減というか。状況に振り回されるばかりで何も成し遂げることができていないなあと、落ち込んでしまいそうになっていれば、しいなが頬を染めていいんだよ、と首を振った。
「な、なんだい、急に改まって。いいんだよ、そんなこと」
「コリンちゃんにもお礼が言いたいんだけど、今大丈夫かな」
「あー……あの子は今、ちょっと、機嫌が悪いんだ。そっとしておいてやってくれるかい」
言いにくそうに目をそらしたしいなに首を傾げる。
どうしたんだろう。何か機嫌を損ねるようなことなんてあったかな。
「これから行くあたしの仲間がいるところ、っていうのがさ。精霊研究所ってところで……コリンがうまれたところなんだ。といっても、そこじゃ研究だ実験だで、いい思い出はないみたいなんだけど」
「実験……」
「あたしにとっては、コリンに会えた大切な場所だけどね」
あの子にとっては好ましい場所じゃないから、と目を伏せる彼女に、そっか、とわたしも言葉を区切る。
そうだよね。研究ってことは、いろいろなデータを採ったり、実験したりするのは避けられないことで。研究する側はともかく、される側にとっては、怖いことや痛いことがたくさんあるよね。
コリンちゃんのことは可愛い狐さんって気持ちが強かったけど、彼女は精霊なのだ。そして、精霊というのも、ちゃんと自我があって、感情がある、ひとつの生き物なんだ。
当たり前のことだけど、まるで今初めて知ったような気持になって、反省。ハーフエルフに対してどうしてこんなひどい態度を、って、怒っていたけれど。たぶん、その対象が見ず知らずの精霊だったら、あそこまで怒れなかったかもしれない。
わたしにも、無意識にしてしまっている差別や区別があるのは自覚していたけれど。こういうのは、当事者の声を聞かない限り、そうだと認識することもできないから……まだまだわたし、知らないことばかりだなって思って。またひとつ、課題が増えたような気がした。
「コリンちゃん、おやつとか食べるかな。それでもついてきてくれてありがとうって、いっぱい遊んで、いっぱい食べて、健やかに過ごしてね……」
「……なんか、アンタ、なんか里外れのばあさんみたいだね」
「里外れのばあさん」
そうやって小さな子供をいろいろと気にかけてはお菓子をあげているのを見たことがある、と言われて、反応に困る。それってつまり、田舎のおばあちゃんみたいってことが言いたいんだと思うんだけど。お、おばあちゃん。
急に、村の子供におばあちゃんと陰でこっそり言われていたこととか、ジーニアスに長老みたいって言われたことを思い出す。ちょっと待って。確かにこのメンバーでは最年長だけど、わたし、まだ二十五歳だし、みんなほど大人になれていないと思うんだけど。せめてお姉さんでしょ。お姉さんみたいって言われたこと……あれ、ないかも。ロイドが姉さんとか姉貴って呼んでくれるくらいで。コレットもお母様みたいって最初の頃言ってたし。あれ、もしかしてわたし、思っている以上に、田舎のおばあちゃん?
「……待っていたぞ。シルヴァラントの旅人とやら」
いったいどこからおばあちゃんらしさが出ているんだ、と考えているところで、そっと、会話を遮るように声がした。
前方にある階段の上から数人の男が飛び下りてくる。彼らは揃ってマーブルさん……人間牧場に収容されてた人たちのような服を着て、その手には思い思いの武器を握っていた。
「なんだなんだ?」
「……殺気、です」
「お前たちを始末すれば、教皇が俺たちの刑を軽減してくれる。大人しく消えてもらおう」
なるほど、教皇は囚人を使ってでも反逆者としてわたしたちを始末するつもりか、と判断する間もなく、彼らが一斉に飛びかかってくる。
一瞬たじろいだが、それでもずっと牢屋にいた彼らと、旅の途中でエクスフィアも着けたわたしたちでは力の差は歴然だ。特に危うげもなく撃退すれば、くそ、と吐き捨てて逃げて行った。
「はん。余裕だなっと……うわ!?」
一歩前に出たゼロスくんが言葉通り余裕そうに髪を翻したけれど……まだ伏兵がいたらしい。上から下りてきた影の下敷きになるようにして倒れこんだ。
その影は、他の囚人とはどこか違った男だった。よく鍛えられた体と、機能性に優れていそうな囚人服と足につけられた武器。そして何より、先ほどの囚人たちと違って、頑丈そうな手枷を付けたままのその男は、冷静にこちらを見て、ゼロスくんを踏みつける力を少し強めた。
「動くな……動けば神子から死ぬことになる」
「おいおいおい。神子にこんなことしていいと思ってるのかぁ?」
「……世界の滅亡を企む者は神子などではない」
「……あっそ。おーいロイドくーん! 俺さまを見捨てたら化けて出るぞ〜」
「……今、猛烈に見捨てたくなったぞ」
前からよく思ってたけど、このメンバーって本当に緊張感がない。
どうやって助けよう、と考えてる間に、プレセアちゃんが飛び出して大きな斧を力いっぱい振るった。斧なんて振り回されれば、男もさすがにゼロスくんから離れる。
男から解放されたゼロスくんは一目散に駆け出すと、脱力したようにロイドに寄りかかった。
「た、助かったー!」
「お前は……っ!?」
男はプレセアちゃんを見て、その表情を驚きに変える。
知り合いなのだろうか。けれど彼女は反応しない。それでもプレセアちゃんに近付こうとした男目掛けて、ジーニアスがファイアボールを打ち込む。
不意打ちのはずだったそれは避けられてしまったが、彼とプレセアを離すことには成功した。
「くっ……一時撤退する」
そう呟いて、のされていた他の囚人たちも引き連れて男は走り去っていく。
完全に足音も消えてから、わたしたちはホッと息を吐いた。
「助かったみてぇだな」
「うん。良かったね。みんな無事で」
彼らのことは気になるけれど、調べようもないのだから今は考えない。
特に怪我がないのを確認してから、わたしたちは最後の梯子を上ってメルトキオの市民街へと出た。