しいなの仲間がいる、という精霊研究所に行ったわたしたちは、そこでエアリアルカーゴとかいう小型輸送機とウンディーネの力を使って海を渡れる方法を教えてもらった。
定期船を使う、という方法もあるけれどわたしたちには身分証がない。だから却下。作る前に捕まる。そしてなにより、仲間にハーフエルフがいる限り公共のものは満足に使えないと思った方がいいと彼らは言っていて。この研究所の地下にもハーフエルフはいるからと、複雑そうな顔をしていた彼らに、上手な言葉は思いつかなかった。
そして、エアリアルカーゴにウンディーネの力を取り込むための準備はこちらでしておくからと言ってくれた研究所の人たちに甘えて、わたしたちは一晩ゼロスくんの家に泊まることになった。
案内された家は神子の住まうところというだけあって、この町でも一番大きなお屋敷である。当然、神子が戻れば通報するようにと執事のセバスチャンに連絡が来ていたようだけれど、そこはさすが、ゼロスくんがずっと信頼しておいているというセバスチャン。無視していいというゼロスくんの言葉通り、では無視します、と言ってさらりと迎え入れてくれる。本当に実在したその名を持つ執事に恥じぬ動きを見せてくれて、わたしは密やかに感動していた。
「あの、リフィルさん。少し、相談したいことがあって……」
「あら。ナギサがそんなことを言うなんて珍しいわね。もちろん、なんでも聞くわ」
「ありがとうございます。その、テセアラとシルヴァラントの関係についてなんです。わたしが以前いた時代のこととか、いろいろ考えて……一人で黙って考えるの、ちょっと難しくなってきちゃって」
夜、わたしたち全員が違う部屋で眠っても余るような室数に驚きながらも過ごしていた時。わたしはそう言って、リフィルさんに声をかけた。
こちらに来てからずっと考えていた、テセアラとシルヴァラントの関係についてだ。わたし一人で抱えていて、何かが起きては遅い。大した情報はないと思うけれど、それでも共有はしておくべきだ。
別に誰に聞かれても構わないものだし、と彼女を捕まえた廊下でそのまま話し出す。
「わたしが自分の暮らしていた世界から飛び出してしまった後、テセアラという国にあるエルフの里で暮らしていたことは、お話ししましたよね」
「ええ。そしてその当時、シルヴァラントという別の国と戦争をしていた。あなたが常用していた文字から考察して、おそらくそれは古代大戦時代。およそ四千年前の出来事であること。そして、勇者ミトスの活躍により停戦した後、シルヴァラントという国のみが生き残って、かつてのテセアラは月の名前として現代に引き継がれることになった……というのが当時たてた仮説ね」
「はい。……そして、テセアラでは、月の名前や黄泉の国の名前に、シルヴァラントが使われているそうです」
賢いリフィルさんはたったこれだけでわたしの言いたいことを察してくれたらしい。
何かに思い当たったように息を飲んだ後、指を顎に当てて考え込んだ。
「! ……なるほど。こちらにも存在する勇者ミトスの伝説に、二つの聖地。あなたは、もしかしたらかつてのテセアラ国とシルヴァラント国が、今は別の世界として存在しているのではないか、と考えたのね」
「もちろん、無茶苦茶は話だってわかっています。ユグドラシルが世界を作った、という話を考えると、わからない部分も増えますし……もしかしたら、停戦の後に一度世界は滅びてしまって、再生という形で二つの世界を作ったのかな、とも、考えたんですけど。そんな形にする必要はないだろうと思うと、思考が停まってしまって」
四千年前。
勇者ミトスが停戦した古代大戦。
それぞれの世界に残る聖地の証拠。
テセアラ国とシルヴァラント国。
……勇者ミトスと、女神マーテル。
気のせいや偶然で片付けるには、あまりに多くのものが引っかかる。あまりの多くのものが、あの時代を過ごしたわたしの手を引き留める。であれば、それらはすべて繋がっている、と考える方が自然だ。
わたしはユアンから聞いた話から、おそらく勇者ミトスがわたしのミトスくんの可能性が高いと言うことも説明したうえで、矛盾や違和感が残る部分についても話す。
……そもそもの話として、「ユグドラシルが世界を作った」ことと、停戦が成功し平和を取り戻した「勇者ミトスの伝説」が噛み合わないのだ。ううん、この言葉だけを並べるなら、まだわかる。でもわたしは、世界再生の儀式が存在しなかった時代を知っている。女神との契約より前の話だから、で片付けるのは無理やり感があるし……
リフィルさんも「異世界の女性」については知らないと述べたうえで、そうね、とまとめてくれた。
「……そうね。二つの世界の似通った部分に関しては、あなたの経験による仮説がかなり正しく聞こえる。そうすると、この二つの世界の在り方をユグドラシルが選んだ理由は解明できない。……けれど、もともと一つであったものが無理やり位相をズラされた結果、こうしていびつな形になってしまった、と思えば、ユグドラシルの真意がわからないこと以外は筋が通るわ」
何より情報が足りない今、この知識は間違いなく重要なものになる。決して無駄な推測だなんてことはない、と言い切ってくれた彼女にほっとして、それからぐっと目を閉じた。
「……わたし、これまで、力も覚悟も、何も足りてなかったんだと思うんです」
ずっとずっと、感じていたこと。
わたしはどこまでも、どうしようもなく、力不足だ。
流されるだけの人生はよくないと、最初に世界の壁を越えた時に思ったのに。ミトスくんたちと離れてから、怒って失敗したからってまた必死に良い子に聞き分けのいいふりをして、状況に流されるばかりだった。
「気持ちばっかり、口ばっかり。実行できること、何もなかった。……二人がハーフエルフだっていうのも、実は気付いていたんです。でも……指摘されたくないことを言うのもなって思って足踏みしちゃって」
「それは……その判断は、悪いことではないわ。事実、指摘されなかったことに感謝しています。きっともっと、動揺してしまっていたでしょうから」
「……ミトスくんたちも、ハーフエルフだったんですよ。だから、もっと何か、できることはあったはずなんです。今回だって、ロイドが飛び出してくれなかったら、わたし一人では助けることなんてできなかった」
どうしてミトスくんは世界を救ったのに、英雄と言われたのに。今もまだ、ハーフエルフはこんなにも忌み嫌われているのだろう。
勇者すら隠さざるをえなかったのか、その記録が時代を経て消されてしまったのか。
わからない。わからないけれど……わたしは、覚えているから。彼らと見た、優しい世界を、知っているから。
「もし。もし、本当にこの二つの世界が、わたしの知っている二つの国が無理やり引き裂かれた結果、この形になってしまったのなら。わたし……どうにかしてそれを元に戻したい。わたしたちは、あの世界で、みんなが生きていける世界を、夢見たから」
……きっとこれまでのことを物語にするなら、主人公はロイドだ。彼が、きっとみんなを救う物語だ。
でも、わたしもちゃんと、わたしの主人公でいたい。わたしだって、あの日、ミトスくんが勇者になる第一歩の誓いを、一緒にしたんだ。今目指しているものは、あの時から変わっていない。
「勇者ミトスが救ったはずの世界を、これ以上壊したくない」
できることなんて、ほとんどないのかもしれない。
でも、彼が未来を信じて、生き永らえさせようとしたこの世界を、この世界に生きる人を、これ以上壊したくない。
放っておきたくない。何もなくても、何もできなくても。きっとこれが、わたしにできる唯一の約束の守り方、だ。
「でもわたし、本当に何もないんです。ロイドみたいに強くない。わたしは今、ロイドに全部背負わせてしまっている。だけど、だから、考えることはやめたくなくて。でも考えるのも下手で、それで、」
「ロイのようにならなくてはいけない、なんてことはなくてよ」
そっと、リフィルさんの手が、わたしのそれに触れる。
優しい手だ。優しい、先生の手。しっかりとわたしを見つめてくれる目と、その優しい体温に、少しだけ気持ちが落ち着いていくのがわかった。
「ロイドはロイドしかなれない。ナギサはナギサにしかなれない。少なくとも、先ほどの考察は、あなたがいなければでてこないものだったわ。私たちは一人で旅をしているわけではないのよ」
みんな違っていて当然で、誰かに成り代わるなんてできるはずがない。
……なんだか、久しぶりに聞いたかもしれない。それと近いことを、自分で言ったのに。みんな違ってみんないいって。言ったのに。
焦って、また、空回りするところだった。でも、こうして手を引いて、一緒に考えてくれる人がいるから。わたし、まだ大丈夫だ。
「しっかりと向き合って、自分に何ができるのかを最善を考えて生きなくてはいけない。そして、その行動に発生した責任を取っていく。目の前にあるのは途方もなく大きなことだからこそ、ひとつひとつ、向き合っていきましょう」
一緒に考えていきましょう、と続く言葉は、思えば世界再生の旅の途中でも同じことをリフィルさんに言われたな、と今さら思い出して。初心に戻ったような気持ちになって。
だからこそ、だからこそ……この人たちとなら頑張れると、そう思った。