ガオラキアの森は魔の森と呼ばれている、と聞いた時にはどんな場所だろうとこっそりと怯えていたのだけれど。実際に訪れたその森を歩いて、なるほどな、と噂の理由を認識しては気分が落ち込んでいくのがわかる。
シルヴァラントの……イセリアの森は、確かにこちらの世界やエルフの里のそれと比べると色褪せていて、土地がやせているのだろうと感じることがままあった。けれど、青々と生い茂る緑だけが世界の美しさではない。木々の梢から差し込んでくる陽光や優しい風は確かに尊いものであったし、常に明るいそこは心穏やかになれる森でもあった。
それと比べてガオラキアの森のなんと暗いことか。テセアラの大地が豊かすぎるのか知らないけれど、鬱蒼と生い茂った木々は日の光も遮ってしまっていて、森の中に陽光が届かない。暗い、というだけで人は恐怖を覚えるものだし、獣道は何が飛び出してくるかわからない。
魔物はシルヴァラントより少ないとのことらしいけれど、逆に言うとどんな生き物が出てくるかわからないということだ。どうせ魔物、と覚悟しているよりも、何が出てくるかわからない方がよっぽど怖い。暗い道。見知らぬ恐怖。そんなものがついてくるこの森は、確かに「魔の森」と呼びたくなるような底知れない空気が漂っている。
「うわ……不気味なところだな」
「すごーい! 暗いねー!」
「コレットちゃん、緊張感ねーなぁ……」
「えへへ、ごめんね」
わたし以外にもビビっている人はいるのに、コレットはずいぶんと楽しそうだ。前から結構怖いもの知らずというか、なんでも楽しそうにするというか。たらいの時もずいぶんとはしゃいでいたし、遊園地とかあったらどのアトラクションに挑んでもものすごく楽しんでくれそうである。
何にでも面白さを見つけられるのは素敵なことだ。でもわたしもさすがにこれは……怖いっていうよりは気味悪くて好きじゃない、かな。
「昔はこのガオラキアの森も、普通の森だったんだぜ」
「ふーん。そうなの」
「ところがだ。ある日盗賊が盗んだ財宝を森の奥に隠したんだ」
「財宝かぁ……どんな財宝なんだ?」
「時価数十億ガルドって宝石だよ。で、そいつを狙ってくる連中を片っ端から殺していったんだ」
「うわ……残酷……」
突然ロイドとジーニアスに語り出したゼロスくんに、しいなを見る。
本当なのかと視線で問えば、彼女は呆れきった表情で嘘だと手を振った。
「いつしか森は血で汚れて、殺された人々の怨念が巣くう呪われた場所になった」
「……うぇ……マジ?」
「……ま、またー。どうせからかってるんでしょ?」
「今でも森に入ると、盗賊の連中が旅人を殺そうとするんだ。そして盗賊に殺された人々も、仲間を増やそうと……」
「うわあああああ!!」
ゼロスくんの怪談話をすっかり信じたらしい二人が、情けない悲鳴を上げながらわたしに向かって飛びついてくる。
男子二人に飛びつかれたらさすがに痛いし苦しい。ていうか重い。わたしを盾にしてどうにかなると思っているのだろうか。その信頼は嬉しいような、嬉しくないような。なんとも微妙な気持ちで、コラ、と軽くロイドを小突いた。
「ちょっと、なんでわたしにしがみつくのさ!」
「……今時こんな話、三歳児だって信用しねーって」
「うちの子たちはとっても純粋なんですー……っゼロスくん!」
「んあ? なんだよ、そんなに怒んなくたって……」
「危ない!」
ゼロスくんの背後に見えた影に、ロイドたちごと彼を突き飛ばす。
そして、直前までゼロスくんがいた場所には大きな剣が叩き付けられた。
地面を抉るほどの、強い力で剣を振り下ろした影は、見上げるほどに大きい。けれど、それは人のようで全然違う姿をしている。腕は四本も生えて、それぞれに剣を構えていて……そして、角の生えた全身が真っ黒な骨だけで動く、巨大な骸骨。それが、唸りながらそこに立っている。
「な、なんだあこいつ!」
「ゆ、ゆゆゆ、幽霊かっ!?」
「ボクたち、幽霊にされちゃうの?」
「よく見なさい! オサ山道にいた魔物と同じよ!」
リフィルさんの鋭い声にハッとする。
確かに間違いなく、オサ山道の坑道の中にいた魔物と同じようだ。
どうしてあれと同じものがここにいるのだろう。みんなが動揺する中、骸骨は低く呟く。
「ワレ……思イ出シテキタ……モット……モットタタカウ……」
「こ、こいつ、こんなところにもいたのかい!」
しいなの声を合図にして、骸骨は再び剣を振り下ろした。相変わらず重い一撃。前よりもパワーが上がっているような気さえする。
だが、基本的な動きは前と変わらないようだ。人数も増えたし、一軍二軍の考えを無くせば追い詰めるのはそう難しくない。わたしたちはなんとか攻撃をいなしながら、なんとか攻撃を繰り返していく。
「ゼロス!」
「了解、リフィルさま!」
「食らえ、神の一撃……グングニル!」
リフィルさんの魔術の光を纏った剣が、骸骨を深々と貫き、すべてを浄化するような強い光が、彼の体を焼いた。
耐えきれなくなったのか、ボロボロと崩れ落ちるように骸骨は倒れ、ぼとりと落ちた頭蓋骨も地面に転がっていく。それはまた、カタカタと小刻みに揺れた後、霧散するように姿を消してしまって。森の雰囲気と合わさって非常に気味の悪い光景をわたしたちに見せつけた後、夢だったみたいに静けさが戻ってきた。
「……早く、ここから離れよう」
本当にホラー体験があるかもしれない。
急に怖くなって呟けば、みんなもすぐに頷いた。