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ミズホの里。忍者の住まう秘密の里。
きっと、日本に近い文化の里なのだろう、と勝手に思っていた。昔々、修学旅行か何かで訪れた日光とか、テレビの中や本の中で見た江戸時代とかのイメージをそのまま持ってきて、なんだったらしいなの札を見てはもーっと時代をさかのぼって陰陽師みたいな人とかもいたりして、なんて。いろいろと想像しては、いつか行きたいなあ、と思っていた、のだけれど。
想像以上だった。
想像以上に、わたしが思い描いたとおりの場所だった。
歩く人みんなが着物を着て、土塊で出来た家があって、もう懐かしいお地蔵さんなんかもあったりして。さすがに現代日本そのままではないから、帰ってきたような錯覚はないけれど、確かにわたしにとって馴染みあるものがそこかしこにあって、わたしは思わずわあわあとはしゃいだ。

「ひゃー! お地蔵さんだ! 久しぶり! うわあ着物! うわあうわあ!」
「はしゃいでるねぇ。ナギサちゃんはミズホの里がお気に召したかい?」
「それはもう! やっぱり日本人だし!」

思わず力強くこぶしを握る。
別に、日本文化に詳しいわけではないし、毎日誇りに思っていたとか、日本が大好きとか、そんなことはない。身近すぎて悪いところばかり感じていたし、日本の未来も明るくなければ自分の未来もわからない、といつまでもぼんやりと生きていたのだけれど。
でも、離れてみて初めてその良さに気付いたと言うか。ぼんやりと生きていられるくらいには恵まれた生活だったんだよなとか。美しいものもたくさんあったし、おいしいものもたくさんあったし、娯楽もあれば便利な機械もたくさんあって。当たり前だったそれらが、どれだけ素晴らしいものだったのか、特にミトスくんたちと暮らしていた時は毎日のように痛感していたな。
だから、なんとなく日本のことを思い出せるこの場所がずっと気になっていたし、今訪れることができて、とてもよかったって、そう思う。

「以前からずいぶんとこの里に興味を持っていたものね。ここはナギサの故郷に似ているのかしら」
「この文化を基盤にして、テセアラほどではないけどかなり文明化した感じですね」
「なるほど。興味深いわね……」
「そんなことより、早くその頭領って人のところに行こうよ。しいなも待ってるんだし」

ジーニアスに急かされて、そうだった、と立ち止まっていた足を前に向ける。
外部の者を連れ込んでしまったしいなは、ミズホの民であるおろちさんと一緒に先に頭領に話をしに行ったのだ。やっぱり忍者はそういうものらしく、秘密には厳しいらしい。しいなには、いろいろと迷惑をかけてしまっているなあと、今さらながら思った。

「あ、目が覚めたみたい」

もう一度歩き出したところで、コレットがそう言って、ここまで抱えていた男をどさりと下ろす。
辺りを伺いながら、どう反応すればいいのか困ったように目を見張る男は、状況把握に精一杯なのだろう。ミズホの里なんて見たことないだろうし、たった今自分を下ろしたのが華奢な少女であったことも驚きだろうし。少し気絶している間に大きく変わった自分の現状に戸惑うのは当然だ。

「ここは……」
「あんたは俺たちの捕虜だ。暴れたりするなよ」
「状況もわからないまま、やたらに暴れるような無粋者ではないつもりだが」

ロイドの言葉にそう返す彼は、言葉通り静かに状況を整理しているのだろう。
そのまま押し黙った彼はとても冷静で落ち着いていて……正直、そんなことを思っている場合ではないのだけれど、渋くてかっこいいおじさまだな、と思った。

「……なんか、かっこいい」
「え、なになに。ナギサちゃんてばこういうのが趣味なの?」

思わず呟いてしまった言葉を、ゼロスくんが目敏く拾い上げる。
どこのお年頃の女子だよってくらいの素早い反応だ。かなり小さい声で、きっとコレットにしか聞こえないだろう、と思っていたのに。
いかにもこういう話好きそうだもんね、ちょっと呆れつつ、きちんと弁解しておいた。

「そういうんじゃないよ。落ち着いた人だなあって、その立ち振る舞いに感動したの」
「クールなのがいいってことか? なかなかいい趣味してるじゃないの」
「クールかあ……なら、俺は姉貴の好みってことだな」
「はあ?」

ごめん、ロイド。思い切り素の声で驚いてしまった。
反射的に謝ろうと思うけれど、わたしだけじゃなくてみんなもロイドを呆れきった表情で見ているのに気付いて、一応言葉を飲み込んだ。

「な、なんでみんなして同じ反応するんだよ」
「いや……ハニーってば、面白いこと言うじゃないの」

ゼロスくんがぽんとロイドの肩を叩く。後ろではジーニアスもゼロスくんの言う通りだとうなずいているし、リフィルさんはもちろん、コレットですら苦笑だ。
ロイドはクールな二枚目を目指していて、自分がすでにクールな男だと思っている節があるけれど、全然クールじゃないからなあ。むしろ正反対に熱血というか、明るく純朴で素直というか。
その明るいところが魅力的なのだけれど、本人はまだわかっていない。コレットとかしいなとか、だいぶわかりやすく彼のこと好んでいるのになあ。まあ、そんなところも含めて、彼の魅力と言われればその通りなんだけど。

「というか、ナギサの好みは“ミトスくん”なのでしょう? 今更何を言っているのかしら」
「……んん?」

別に義弟として一年暮らしていたからひいき目に見てるわけじゃ、と思っているところに、リフィルさんがさらりとそんなことを言ってきたものだから、反応が遅れる。
ええと、うんと。どうして急にそんな話に。ああいや、そっか、もともとわたしの好みがどうこうでこんな話になったんだっけ。いやでもだからって、どうしてミトスくんがわたしの好みって話に!?

「突然何を言ってるのっ!?」
「そっか〜。ナギサ、いつもミトスくんのお話たくさんしてくれるもんね」
「え〜? 誰よ誰よナギサちゃんの好みって! 俺さま超気になるんだけど!」
「うん。あのね。ナギサの大事な人で……」
「ま、まって、いいよ、説明しなくて!」

慌てて話を切り上げて、頭領の家があるだろう方向に向かってコレットの手を引いて小走りに駆け出す。
コレット一人の手を引いたところで意味はないと思うけれど、仕方ない。わたしの手は二つしかないのだ。というか、あの男の人もいきなりこんな茶番を見せられて困っているだろうに。ごめんなさい、もういろいろと。

そもそも。そもそも、好きって、考えたことない。確かに大事だし大切だし大好きだけど、好きだけど、家族っていうか支えっていうか……そんなこと考える以前にすでに大好きだったから、考えたことない。
好かれていたという自信はさすがのわたしにもある。わたしのことを好きだよって笑ってくれて、いつも後ろをついてきてくれて。それで、好かれていない、なんて思うほどひねくれてはいない。
綺麗で、強くて、優しくて、まっすぐな目をした男の子。
綺麗で、強くて、優しくて、あたたかい目をしたお姉さんと一緒に、わたしがずっと一緒にいたいって思った人。
でも仮に、わたしが本当にミトスくんに恋をしていたとして。ミトスくんも……勇者ミトスの文献に存在を残してくれる程度には、わたしを好きだと思ってくれていたとして。
もうその恋は叶わない。叶うはずがない。だから、考えたくなかった。