58-2

「シルヴァラントの旅人よ。入られよ」

声に誘われるまま、わたしたちは頭領の家の居間にあがる。里の中央にあるその家から聞こえた声は、静かで、けれど確かに力を感じる声だった。
土足で上がり込むというわたしには違和感の塊でしかないのだけれど、靴底の裏から懐かしい畳の感触がして、こっそりと息を吐く。

「我らの頭領イガグリ老は病のため、この副頭領タイガがお相手つかまつる」

タイガさんは、忍者というより侍みたいな雰囲気の人だった。
わたしがたまに雑誌や店頭で見た着物とは違って、時代劇に出て来る人みたいな服を着て、ぴっしりと背筋を伸ばして、正座してそこに座っている。
その後ろにはしいなが座っているのを見て、わたしたちも促されるまま畳に座った。

「しいながお主らを殺せなんだことによって、我らミズホの民はテセアラ王家とマーテル教会から追われる立場となった。これはご理解頂こう」
「そんな……本当なのか?」
「間違いない。そう聞いている」

捕虜にした男が静かに答える。
囚人にまで知られているのだ。結構まずい状態なのかもしれない。

「そこで問おう。シルヴァラントの民よ。お主らは敵地テセアラで、何をするというのか?」
「俺もずっと考えてた。ある人に、テセアラまできて何をしているのかって聞かれて、俺はどうしたいのかって」

タイガさんの問いに、ロイドは動揺することもなく答える。
たぶん、思い浮かべているのはクラトスさんだ。彼に問われたフウジ山岳から、ずっと考えていたのだろう。

「俺は、みんなが普通に暮らせる世界があればいいって思う」

考えて、ロイドが出した答えは、とても優しいものだった。

「誰かが生贄にならなきゃいけなかったり、誰かが差別されたり、誰かが犠牲になったり。そんなのは……嫌だ」
「お主は理想論者だな。テセアラとシルヴァラントは互いを犠牲にして繁栄する世界だ。その仕組みが変わらぬ限り、何を言っても詭弁になろう」
「だったら仕組みを変えればいい! この世界はユグドラシルってヤツが作ったんだろ! 人やエルフに作られたものなら、俺たちの手で変えられるはずだ!」

思わず立ち上がったロイドに、タイガさんは大声で笑う。
その笑みは決して嘲りではない。ロイドのまっすぐなその理想を試すような目は、相変わらず鋭いままだ。

「ふはははは! まるで英雄ミトスだな。決して相容れなかった二つの国に、共に生きていく方法があると諭し、古代大戦を終結させた。気高き理想主義者。お主はそのミトスのようになれるというのか?」
「俺はミトスじゃない。俺は俺のやり方で、仲間と一緒に二つの世界を救いたいんだ」

自分は決して、誰か以外にはなれない。わたしがロイドのようになれないと落ち込んだように、彼だって、彼以外の何者にもなれない。たとえ勇者ミトスのようだと言われても、彼は勇者ミトスと同じことはできないし、なれない。
でも、だからこそ……だからこそ、自分のやり方で、新しい世界を作っていきたいのだと。出会った時から変わらない、強くて真っ直ぐな目で、ロイドはそう言った。
タイガさんはそんな彼をじっと見つめて、静かに目を閉じた。

「……なるほどな。古いやり方にはこだわらないというわけか。では我らも新たな道を模索しよう」
「副頭領、まさか……」
「うむ。我らは我らの情報網でお主らに仕えよう」

力強くうなずいて、協力を申し出てくれたタイガさんに、しいなの表情が明るくなる。
彼はまだ厳しい表情のまま、目は覚悟と穏やかさを静かに湛えていた。

「その代わり、二つの世界が共に繁栄するその道筋が出来上がったとき、我らは我らの住処をシルヴァラントに要求する」
「要求するって言ったって、俺に決定権があるわけじゃ」
「なに、我らミズホの小さな引っ越しを、お主らが手伝えばそれでいいのだ」

共に二つの世界を共存させよう。
そう強く宣言するタイガさんを見詰めて、ロイドはわたしたちに向き直った。

「……みんな、いいか? ミズホの民と組んでも」
「それで二つの世界の関係が変わるなら」
「まあ、悪い取引ではないわね」
「理想だけじゃ何も生まれないけど、理想を否定したら何も生まれない。だから行動しなくちゃ。わたしはロイドの選択を信じてるよ」
「さっさと話を纏めて、プレセアを助けてあげようよ」
「俺さまはテセアラが無事なら、後はお前らの好きにすればいいと思うぜ」

当然、わたしたちから出たのは賛同の言葉ばかりだった。
協力する仲間は多いにこしたことはないし、それに、二つの世界と一緒に生きるなんてこと、わたしたちだって一緒に行動出来なくちゃ夢のまた夢だ。
ロイドはみんなの顔ひとつひとつを見てから頷いて、タイガさんに向き直った。

「よし、決まった。俺たちも二つの世界を変える方法を探そう。協力しよう」
「うむ。では、しいなには引き続きロイド殿の同行を命ずる。ただし、今度は監視役ではないぞ。連絡役だ。存分に働けよ」
「は、はい!」

意気込むしいなに、タイガさんはそっと笑う。
そんな彼に問いかけたのはゼロスくんだ。彼は再度確認するように、いや、本当に後悔しないのか問いかけるように口を開く。

「しかしタイガさんよ。そうすっと完全にテセアラ王家と教会を敵に回すことになるぜ?」
「では神子さまにお尋ねしよう。二つの世界の片方を犠牲にする勢力と、二つの世界を生かそうとする勢力。神子さまならどちらにつかれる?」
「有利な方……と言いたいが、まあ、普通は生かす方に力を貸してやりたいわな」
「そういうことです」

ふっと笑ってみせる。
そんなタイガさんにゼロスくんは肩をすくめて、ならいいさと呟いた。