家の中に入ってすぐ、鼻を掠めた臭いに思わず顔をしかめた。
この臭いはなんだろう。何かが腐ったような臭いの場所が特定できない。
家の中はプレセアちゃんが住んでいるにも関わらず蜘蛛の巣があり、あまり多くない家具には埃が積もっていた。とても誰かが住んでいるとは思えないその家で、プレセアちゃんはただ黙々と支度をしている。
「な、なんなんだ……」
何かがおかしいと、何も確認していなくてもわかる。わかってしまう。それほどに異様な空気がこの家の中に溜まっていて、家の中に入ろうとする足が思わずすくんだ。
それでも、リフィルさんは家の中に入って、中を見回して。きっとそこが異臭の中心なのだろうと判断した、壁際にあるベッドに近付いて、その中を覗く。
そうして、布団の中にあったものを見て、彼女はさっと青ざめた。
「なっ……なんて、こと……」
彼女に続いてみんなが中を見て、それから思わず目をそらす。
中には、人がいた。いや、人であったものがそこにあった。
すぐに目をそらしたけど、はっきりと脳裏に焼き付いている。人だ。人、だった。でも、その表情はわからない。だってもう、その肉は腐ってしまっていたから。
ベッドの中にいたのは……死後ずいぶんと経ったのだろう、死体、だった。
ただれて黒く変色した皮膚。虫が湧いて白い骨が見えるほどに腐乱した死体は、きっと。病気の父親がと、村の人がいっていたのを思うに、たぶん、プレセアちゃんの、お父さん、だ。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだよ!?」
「おそらくエクスフィアの寄生のためよ。この人がどうなっているのか、彼女にはわらからないのね」
「そんな……」
気付けばみんなが青ざめ、呆然としているというのに、プレセアちゃんは黙々と仕事の支度をしている。
そこにあるものなど気にならないとばかりに。このベッドの中身に気付くことが出来ないというのはとても悲しくておかしくて気味が悪くて、村の入り口にいたお婆さんの「呪われた子」という言葉が頭をよぎった。
「プレセア。私たちと一緒に来ないのか?」
「……仕事……しないといけないから……」
静かに問いかけたリーガルさんに、プレセアちゃんはそうとだけ返した。
これは、ひどい。本当に何もわからないのだ。このままだなんて、絶対によくない。
そう思うけれど何も言えなくて、立ち竦むしかないでいると、リフィルさんがため息をついて、仕方ないとベッドの布団を戻す。
「仕方ないわね。彼女はここに置いて行きましょう。私たちだけでアルテスタのところへ行って、要の紋の修理について聞いてくるのよ。大急ぎで」
無理やり連れて行っても暴れてしまうかもしれない。それなら自分たちだけで大急ぎで聞きに行った方が確実だろう。
リフィルさんの提案に頷いて、わたしたちは後ろ髪を引かれる思いでプレセアちゃんを置いて家から出た。
「コレット!?」
ロイドの焦ったような声に慌ててコレットを見ると、彼女が村の出口で倒れているのがわかって、慌てて駆け寄る。
もう、彼女の天使疾患は治ったはずだ。けれど、出入り口で倒れる、というのがどうしてもあの時のことを思い出してしまって、どうしても焦ってしまう。
「えへへ……だいじょぶ。躓いただけだから、だいじょぶだよ」
「そっか。ならいいけど」
ぺろ、と舌を出して笑うのを見てほっとする。
どうやら本当に転んでしまっていただけらしい。この辺りは草もたくさん生い茂っているし、確かに転びやすいだろう。ちゃんと気を付けてね、と頭を撫でてから二人で起こして、そのまま彼女の手を繋ぐ。
そうだ、もう大丈夫なんだ。
だって彼女の首もとには要の紋が輝いていて、こうして話すことができるんだから。