67-1

「ミトスくん……?」

思わず呟いた言葉に、その少年も目を見開いた。
揺れる瞳も何もかも、見れば見るほど記憶のミトスくんそのままだ。ああ、いや、背は、ちょっと高いかな。あの子はもう少し小さくて幼かった。でも、でも、そっくりだ。あの頃の彼がもう少し大きく育てばこんな感じだろうなと、考えた姿そのまま。
錯覚する。急に、あの頃に戻ったような感覚がする。わたしは思わずふらりと足を踏み出した。

「おい、ナギサ?」
「なんで、なんで君が……」

ありえない。ありえないとわかっている。あの頃から四千年の時が経ったのは間違いない。わたしが教わった文字も、勇者ミトスの文献に書かれているという内容も、全部がそう言っている。三人で過ごした時代はとうの昔に過ぎ去って、彼らはもう生きていない。わかっている。
だけど、どうしても他人だなどとは思えない。だって同じだ。何もかも。どうして。ごめんなさい。わたし、わたし、ずっと。
けれど、彼がふいと目をそらして。たどたどしくもしっかりと発した言葉に、ひゅっと息を飲んだ。

「あ、あの……ごめんなさい。確かにボクはミトスだけど……ボク……」

その先の言葉は濁されてしまったけれど、わかってしまった。彼が言いたいこと、ちゃんと、わかってしまった。
……お前なんて知らないと、彼はミトスくんではないと言われたことがわかってしまった。
当然だ。だってあれから四千年も経っているのだから。当然なのに。

「お、おい、ナギサ!?」
「どしたの? なんで泣いてるの?」

ぽろぽろとこぼれてしまった涙を慌てて拭う。
何をしているんだろう。ありえないとわかっているのに、なんでミトスくんだと思ってしまうんだろう。ミトスくんはもういないのだ。
わたしが置いてきたのだ。今わたしの目の前にいて、泣き出したわたしをつらそうに見る彼ではないのだ。だから泣く理由なんてないし、困らせるだけ。わかってる。わかってるよ。ごめんね。
わたしはゆっくりと頭を振って、それから少し無理矢理に笑った。

「……ごめん。気にしないで。ええと……ミトス、さんだっけ。いったいオゼットに何があったの?」

明らかな話題そらしで、わかりやすいほど空元気。
でも、目の前のミトス少年は、きっと優しい子だ。申し訳なさそうにうつむいたあと、ぽつぽつと話し出した。

「よく……わからないんです。突然すごい雷が落ちてきて、天使さまが襲ってきて……」
「天使ですって?」
「羽が生えていましたから……羽が生えているのは天使さま、ですよね?」
「くそうっクルシスのやつらか!」
「しっかしおまえ、よく無傷だったなあ」
「ボクが無事だったのは、たぶん、村のはずれに住んでいたからだと思います……ボク、一人で暮らしているんです……」

だから、と呟いたミトス少年に、ジーニアスがあれっと声を上げた。

「きみ、もしかしたらハーフエルフじゃないの?」
「え」

ジーニアスの言葉に、さっとミトス少年は顔を強ばらせる。
……彼も、ハーフエルフなんだ。ミトスくんそっくりの、ハーフエルフ。
だめだ、また泣きそうだ。

「ち、ちが……ボクは……」
「安心なさい。わかるでしょう? 私たち二人にも、同じ血が流れているということが……」

リフィルさんが微笑むのを見て、彼はそのままジーニアスと、そしてロイドたちとを見た後、信じられないと首を振った。

「あ、あなたたちも……ハーフエルフなんですか? ウソだ……だって、人間と一緒にいるじゃないですか!」
「ホントだよ。私たちみんな、二人の友達なの」
「コレットの言うとおりだ、ミトス。この人たちは仲間なんだ。だからきみにもなにもしやしない。安心してよ」
「ここオゼットは、もともとハーフエルフ蔑視の激しい村だと聞いている。ミトスの気持ちもわからなくはない……」

明らかに脅え戸惑うミトス少年の姿に、リーガルさんが目を閉じる。
村の外れ、って、そうか。ハーフエルフであることを悟られないよう、隅で暮らすしかなかったのか。結果として救われる形になったのは幸いだったのだろう。
でも村のはずれでひっそりと暮らしていると言うことすら、ヘイムダールのマーテルさんとミトスくんを連想させて、わたしは思わずうつむいた。
どうしよう。ちょっとここから逃げ出したい。
そう思っていると、村の外から慌ただしい足音が聞こえてきて、ハッと構える。だがその主は警戒するような者ではない。見覚えのあるドワーフの老人だった。

「あっあんたは!」
「アルテスタさんじゃないか!」
「おお、先日の。いやそれより、見たんじゃ、裁きの雷を! この村めがけて落ちていった! それで急いで来てみたんじゃが、これはいったい……」
「クルシスの、天使のしわざです」

プレセアちゃんが答えると、アルテスタさんは驚きにその目を見開いた。

「プレセア! 正気に返ったのか!? なんということ……これは実験の失敗の見せしめなのか……」
「見せしめ? そりゃ、どういうことだい?」
「な、なんでもないんじゃ!」
「あっ待てよ!」

駆け出したアルテスタさんを追いかけようとすると、間にタバサちゃんが両手を広げて立ちふさがった。
それが今度はマーテルさんを彷彿とさせて、わたしは再びドキリとする。ああ、だめだ。だめ。タバサちゃんとミトス少年が同じ場所にいるのは、だめ。あまりにもそっくりな二人が、突然そこに現れるのは、だめだ。

「マスターは、自分のセいでオゼットが破壊サれたと思っているのでス」
「どうして? アルテスタさんはこのオゼットと何か関係があるんですか?」
「……はい……スみまセん。マスターが心配でス」

詳しいことは告げず、タバサちゃんはアルテスタさんを追いかけて村を出て行った。
その背中を見つめて、プレセアちゃんはぐっと拳を握る。

「私、追いかけます。見せしめってどういうことなのか、知りたいです」

彼女の言葉にロイドもうなずく。故郷である村がこんなことになった理由を彼が知っているのなら、プレセアちゃんには聞く権利がある。だから追いかけようと言う彼女を否定するものは誰もいない。
それから、ロイドはミトス少年に向き直ると、ひょいと手を差し出した。

「ミトス、お前も一緒に行こう。ここに残っていてまた天使が来たら困るだろう?」

そう差し伸べられた手に、彼は心底驚いたらしい。
動揺した様子でその手とロイドの顔を見比べて、だがどうしたらいいのかわからないと様子で後ろに下がる。

「で、でも、ボクはハーフエルフで……」
「まだ言ってる。心配性だな、お前」
「ミトス。一緒に行こう!」
「……うん」
「あはっ嬉しいよ、ボク。初めてのハーフエルフの友達だ!」

ロイドには驚きが勝ってしまったが、同族であるジーニアスにもそう言われて、少しだけ緊張が解けたのだろう。戸惑った末にジーニアスの手をとる彼にロイドは少し苦笑したが、すぐに「よし、行こう」と声をかけて歩き出した。

「……ミトスくん……」

でも、わたしは。
わたしは彼の姿が見えなくなるまで、そこから動けなかった。