71-1

「今夜あたり異界の扉が開くんじゃないか?」
「おっかねえな。黄泉の国シルヴァラントへ流されちまう」

空中庭園を後にして、レザレノ・カンパニー本社の一階まで降りてきたときだ。
ちょっとした怖い話を楽しむような声が聞こえてきて、わたしたちは自然と顔を見合わせる。わたしたちの探し人の情報そのものではないけれど、リフィルさんが探しているであろう遺跡の名前が出たことを確認して、ミトスがロイドに向き直った。

「ロイド! 今の話、聞いた?」
「ああ」

こくんとうなずいて、彼は話をしていた人達のところへと歩いていく。この会社の社員だろうか。楽しそうに話している彼らに、ロイドは臆せず話しかけた。

「ちょっといいかな。今話していた異界の扉ってどこにあるんだ?」
「なんだお前」
「すみません。異界の扉を見に行きたいんです。教えて下さいませんか」

社員でもない人間にいきなり話しかけられて警戒したようだったが、ミトスがそう言葉を添えれば途端に表情を緩める。
礼儀正しいからなのか、それともミトスのことが好みだったのか。どちらなのかはわからないけれど、彼らはにこやかに答えてくれた。

「ああ、異界の扉ならこの町から海を越えて東にあるよ」
「あの〜、目印とかありますか?」
「でかい岩がごろごろしてるからな。すぐにわかるよ。でも今夜は満月だから、噂が本当なら、扉が開いて黄泉の国シルヴァラントへ連れていかれちまうぜ」

まるで怖がるのを求めるように、わざとらしく声を低く震わせるその人に、けれどコレットはきょとんと目をしばたたかせる。
うーん、彼女にそういう話は全然効果がないんだよな。わたしは苦笑しながらみんなの隙間から顔を出して、そうなんですね、ととりあえず話に乗ってみる。異界の扉って、いまいちなんなのかわかってないし、聞けることがあるなら聞いておきたい。

「満月の日に扉が開くんですか? 遺跡があるとしか聞いてないんですけど……」
「ああ、そうなんだよ。普段はただの遺跡さ。けど、満月の夜には特別な力が働いて、黄泉の国へと繋がる。だから、悪いことした子供は満月の夜に悪いハーフエルフにさらわれて、異界の扉から黄泉の国に送られちまうんだ」
「お前、後半は適当だろ」
「悪い悪い。満月の夜の都市伝説は本当だぜ」
「……そうなんですか。ありがとうございます」

にっこり。反応したくないところにはしないまま、とりあえず笑顔で聞き流してお礼を言う。
うんうん、日本の現代社会で生きるための必須スキルだ。事なかれに流されるままに生きていると、ものすごく重宝すること。最近は聞き流したいこともなかったし、流されるのはやめようって思ったり、でも怒らないようにしなくちゃって思ったり、いろいろと迷走してあんまり使わなかったことだけど。きっと善意でそんな子供だましの話を教えてくれているのだろうから、何も言わない。
代わりに彼らから離れてから、わたしとロイドは目を見合わせてため息を吐いた。

「……あいつ冗談下手だな」
「そうだね。ま、情報くれるだけいいでしょ」
「……リフィルさん、そこにいるんでしょうか。異界の扉に、なんの用があるんだろう」
「わからない。でも他に手がかりもないし、とにかく行ってみよう」
「姉さんがボクにも何も言わないでいなくなっちゃうなんて……」
「二人とも、そんな顔するな。先生のことだ、きっと、その遺跡に興味があって、どうしても調べたかったんだよ。だから早く追いついて、一人で勝手なことをするなって言ってやろうぜ」

しゅん、と視線を地面に落とす二人に、ロイドはことさらに明るい笑顔を作ると、親友の背中を優しく叩く。励ますように、力強くうなずいてみせる彼に、ジーニアスは少しだけほっとしたように肩の力を抜いた。