71-2

異界の扉にたどり着いた時には、辺りはもうすっかり暗くなってしまっていた。
今まで訪れてきた遺跡はだいたいが人工と自然が合わさったような建物であったから、その遺跡は今までとは違って殺風景に見える。何せ見上げるほどに大きな岩が等間隔に並んでいるだけ。何か模様のような刻まれているけれど、それだけ。
遺跡の大部分は埋もれてしまったのか風化して壊れてしまったのか。それはわからないけれど、満月に照らされるそこは、今まで訪れたそれらとは、違う雰囲気で満たされていた。

「先生!」

その遺跡のふもと。
ぽつりと、その遺跡を見上げるようにして立っている姿を見つけて、わたしたちは駆け寄る。
そこにいた彼女は、リフィルさんは、こちらを振り返ると驚いたように目を見開いた。

「みんな……! どうしてここに」
「姉さんが心配だからに決まってるだろ」
「一人でこんなところまで来るのは危険です。同族として、放ってはおけません」
「どうしてこんなところへきたんですか?」

次々に飛んでくる質問に、彼女は困ったように眉尻を下げる。
それから、しばらく目を閉じて。くるりと後ろに向き直ると、静かに答えた。

「ここは……私とジーニアスが捨てられていた場所だから」

静かに。静かに。返ってきた答えに、わたしたちはそろって首を傾げる。
捨てられていた場所、というのは、どういうことだろう。彼女達の昔の話をわたしは知らない。いつだったかにイセリアにやってきたのだということは知っているけれど……捨てられたのが本当だとして、それは、この場所ではあってはならないはずだ。

「……何言ってるんだよ。先生たちはシルヴァラントの人間だろ」
「……いいえ。コレットを助けた時たまたまこの場所が目に入って、ずっと気になっていたの。そして二つの世界を繋ぐ二極の話を聞いて、確信したわ。ずっと探していた風景はこの場所で、探していた遺跡はこれだったんだって」

切なそうな声で異界の扉を見上げる彼女の表情は見えない。
けれど確かに、コレットを助けた後、リフィルさんがぼうっとしていることがあった。異界の扉の話を聞いてからもそう。彼女の言葉に理解できないことはない。

「どういうことなんだい? あんたたちはテセアラの生まれだっていうのかい?」
「嘘だ! だってボク、イセリアの記憶しかないよ。こんなところ知らない」
「……私たちはエルフの里で生まれ、育った。そしてその後うとまれて、ここに捨てられたの……ここが田絶のシルヴァラントへ続く道だと伝えられていたから」
「エルフの里……あのエルフしか入れないという秘密の村のことですね」

それって、と出そうになった言葉は今は飲み込んだ。
かつて、わたしがマーテルさんとミトスくんに出会った場所。三人で暮らして、追い出されてしまった場所。そして、リフィルさんとジーニアスの故郷。
彼らが語るのが同じ場所であるというのならば、あの里は今も、何も変わっていないのだろう。いいや、エルフしか入れない、というあたり、以前より排他的になったのかもしれない。そんな場所で二人が生まれたというのなら、捨てられてしまったというのもうなずけてしまって、わたしはさっと視線を落とした。

「ええ。詳しいいきさつはわからない。でも、確かに私は、生まれたばかりのジーニアスと共にここへ置き去りにされた……そして、シルヴァラントへ流れ着いたのよ」
「では、今度こそ黄泉の国へ送り込んでやろう」
「誰だ!」

リフィルさんの話に割り込むようにして聞こえてきた声に、全員が身構える。
後方。わたしたちを監視するような位置取りのそこ。夜の暗がりからわたしたちに声をかけたのは、くちなわさんだ。
決して見知らぬ人ではないその姿を見て、特にしいなはその姿を見てほっと肩の力を抜く。

「くちなわじゃないか! 一体何を言い出して……」

彼女の問いが、最後まで音になることはない。
くちなわさんの後ろから、ガシャガシャと金属の音を立てて歩いてくる人たちの姿が見えてしまったからだ。そして、彼らのことも、わたしたちは見覚えがある。……教皇騎士団だ。
どうしてここに、と思っている間に、彼らはあっという間にわたしたちを囲んで、それぞれに武器を構える。それを見て、くちなわさんが感動したように声を震わせた。

「ようやくチャンスがめぐってきた。今こそ両親の仇をとらせてもらう」
「……両親の仇?」
「そうだ。お前がヴォルトを暴走させたために巻き込まれて死んだ両親と里の仲間のためにも、お前には死んでもらう」

ぎろりと。その瞳が、憎悪に満ちてしいなに向けられていることは、たとえ夜の中でもはっきりとわかった。
ううん、今日は、満月だから。きっといつもの夜より、はっきりと見えてしまう。以前、ヴォルトと契約を失敗したときの話を聞いた時。きっと、しいなのことを快く思っていない人間もいただろう、とゼロスくんが話していたことを思い出す。

「……そ、そんなっ!」
「それは事故だったんだろ! どうして今頃になって」
「事故だと!? こいつが精霊と契約できないできそこないならまだ我慢もしたさ。それがどうだ! シルヴァラントの神子暗殺に失敗してミズホを聞きに陥れて、そのくせ本人はといえばちゃっかり精霊と契約している」
「それは違います!」
「違わねえよ。最初の契約の時は手を抜いたんだ。そして親父たちを殺した」

事故だ。まぎれもなく、事故だった。
ヴォルトの言葉は、人間にはわからない。会話ができなければ、契約なんてできない。ましてやヴォルトは人間不信に陥っているようだったから、言葉も通じず契約をしたがるような人間相手に暴走したっておかしくない。今回契約できたのは、ヴォルトの言葉を理解できるリフィルさんがいたからだ。いなかったら、きっと、今回も出来なかった。
……でも。その事情を知っているのは、わたしたちだけだ。
仕方なかったと。事故だったと。そう証明できるのは、わたしたちだけ。
あの時、しいながどれほど苦しみながら立ち向かって、どれほど泣きながら立ち上がったかなんて、彼は知らない。何も知らない人間から見れば、どうして今回は成功したのだと、どうして前回は失敗したのだと。どうして、自分の家族が死なないといけなかったのだと、恨みたくなるのは、きっと当然のことだった。

「手なんかぬいてないよ! あたしは……」
「黙れ!」

だから、しいなもそれ以上のことがなにも言えない。ただ悲しそうに、苦しそうに、申し訳なさそうに。弁明をしようとして、けれど言い訳になってしまうからと口をつぐんで。仇だと叫ぶ声を、受け止めるしかできなかった。