「そうだ。一つ言い忘れていた。お前たち、行く先々の牧場を破壊しているようだが、魔導炉は大いなる実りの発芽に欠かせないのだ。ここは破壊するなよ」
入り口まで来たところで、ボータがわたしたちにそう言い含める。
そっか。確かに、今まで訪れた牧場は全部爆破してきたけど、今回はそういうわけにはいかないのか。
牧場に来るのは初めてではないけれど、そう思うと、あの時までとはまた大きく環境が変わったな、と思う。こんなことばかりだ。以前と同じような場所に来ても、わたしたちの立場も、目的も、いつも違う。いつだって事態はめまぐるしく変わっていて、それでもなんとか前に進もうとしている。
「だってよ、リフィル」
「……別に意味なく破壊していたわけではなくてよ」
しいなとリフィルの軽いやり取りをしてから、わたしたちは絶海牧場へと続く通路へと潜入する。
海底へと続くそこは、なんとなく水族館の中にあるようなアーチ状の水中通路を思い出させた。この世界の海は、わたしの世界のそれより綺麗で。きっと、こんな状況のこんな場所ではなければ、もっときれいだな、と思うこともできただろうに。
今は、もちろんそれどころじゃない。管制室を目指して、やるべきことをしなければ。今までの経験からして一番奥、今回で言えば最上階にそれはあるだろうと判断して、わたしたちは牧場の攻略を始めた。
「ミトスくんのお姉さんの名前って、マーテルなんだね」
ふと、仕掛けを解く途中でコレットがそう話しかけてくる。
初めて聞いた、と言う彼女にジーニアスもあんなに何度も話を聞いたのにね、とうなずいた。
「お姉さんの話題もよく出てたけど、そういえば名前って聞いたことなかったな」
「……イセリアにいた時は、勇者がミトスくんなのかわからなかったから」
「まあ、それもそうだよな。たとえば、俺がすっごい未来の世界に行ったら、勇者ジーニアスの伝説と、女神リフィルの教会が世界中に知れ渡ってるってことだもんな」
「わあ、かっこいいねえ」
「偶然で片付けるにはちょっと出来過ぎてるけど、確かに積極的に言って回るのも気が引けるね」
「でしょ?」
勇者ジーニアスと女神リフィル、結構わかりやすい例えだ。
こんなに身近にいて、一緒に過ごした相手が未来で伝説として語り継がれている。本当なら誇らしいけれど、信じがたい気持ちの方が強くて、なかなか認められない。まさしくそんな気持ちだ。
特に女神、なんて。しっかりとした神話もあるみたいだったし、どうしてもわたしのマーテルさんだと素直につなげることができなかった。変な誤解をされたくないし、とマーテルさんの名前はあまり言わないようにしていたけれど……二人の姓名であるユグドラシルの名前を持つ人もいるから、余計にややこしいな。
先ほどの勇者ジーニアスと女神リフィルに例えるなら、その横で統治する天使セイジがいるということだ。うーん、なんなんだろう、この状況。
改めて考えても混乱する。確実なのは、勇者ミトスがわたしのミトスくんだということだけ。
「確かに、勇者の文献に「異世界の女性」についての記載があったな。あれ、勇者の神秘性を高める適当な作り話かと思ったけど、マジだったんだな」
「ゼロスくんが知ってるってことは、やっぱりそれが記載されてるのは本当なんだ。いや、本当だっていう前提で最近はいろいろ考えてたから、今さら驚かないけど、実際に見たわけじゃなかったから」
「でも、あんたのミトスくんってのは、ハーフエルフだったんだろ? 今の世界を見ていると、とても勇者と同じ種族に対する態度じゃないと思うんだけど」
「不都合だから歴史書から消されたという場合もあるだろう。歴史とは、常に後から作られるものだ」
「そーゆーこと。だから、お前らも数十年先の未来じゃ、好き勝手いろいろ書かれるかもしれねーな?」
まあ俺さまは美しすぎる神子として語り継がれるわけだけど〜? といつものように笑う彼に、みんなは呆れた顔をする。
はいはいと話を解散させて牧場の攻略に戻るみんなを見て、彼はみんなの意識の方向をそっと変えるのが上手だなあ、と思った。
「……あなたが引っかかっているのは、それだけではないようだけれど」
みんなが離れた後、小さな声で問いかけてくるリフィルさんにハッとする。
さすが。みんな、よく見ている。そうだ。女神と勇者の名前は、わたしにとって今さらだ。気にかかっているのは、それだけじゃない。
一人になった時を狙って声をかけてくれたことに感謝しつつ、わたしも声を潜めて答えた。
「……二人の名前の他に、二人の姓名と同じ名前を名乗る人がいるんです」
「それは……また、ずいぶんな偶然ね」
「はい。……なんだかもう、よくわからなくなってきてしまって」
「そうね。けれど、あなたの持つ古代の情報は、かなり重要だわ。まったく関係のないことだとしても、教えてくれないかしら」
偶然かもしれないし、そうではないかもしれない。
新しいことは、何もわからないかもしれない。
それでも、情報が増えるのはいいことだ。どうしても結びつかない情報が、いつか結びつくかもしれないから。その時までに、たくさんのことが考えられるから。
だからわたしは、その名前を口にした。まだ、何者なのかわからない彼の名前。世界を二つに引き裂いた人。二人と同じ名前を持つ人。女神マーテルに執着する人。
どことなく……本当に、どことなく。金色の髪がミトスくんに似てる人の、名前を。
「ユグドラシル……ミトスくんたちの姓名と、同じ名前を名乗る、世界を引き裂いたというその人は、いったい何者なんでしょうね」