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牧場の攻略を進めながら考え事をするのは難しい。
勇者ミトス。女神マーテル。クルシスの指導者ユグドラシル。
彼らの関係は、結局のところ、今手元にある情報だけでははっきりとしない。勇者はどうしたってもう死んでしまった昔の人で、女神もすでに死んでいるはずの人で。その命をなんとしてでも復活させようとしているユグドラシルのことは、何もわからない。
彼は何者なのか。世界を救ったはずのミトス・ユグドラシルと同じ名前を名乗る、二つの世界を作った人。
もしかして二人のどちらかの子孫であったりして。たとえそうだとしても、その証拠はどこにもなければ、彼のことを知る方法もない。考えようもないからと、いったん、頭の隅に留めることにして、今は目の間のことに集中しよう、とわたしとリフィルさんは話を切り上げることになった。

牧場の最上階へと向かうエレベーターは、侵入者対策なのかディザイアンに所属している人がもっている鍵でしか動かせないようになっているらしい。であれば、ディザイアン本人に動かしてもらおう、と言い出したのはリフィルさんだ。さすが、もう頭を切り替えてばっちりと対応していて頼りになる。
作戦通り、牧場の人たちを脱走させる代わりに軽い反乱を起こしてもらい、騒ぎを聞きつけた彼らを叩いて鍵を奪う。収容されている人たちには協力してもらうばかりで申し訳ないけれど、そのまま脱走するように道だけ教えて、わたしたちはさらに奥へと進んでいく。
そうこうしながらようやくたどり着いた管制室では、ロディルがわたしたちを待ち構えていた。

「生きておったか……神子くずれとその仲間めが。ゴキブリなみの生命力だのう」

鬱陶しそうに吐き捨てる彼に、わたしたちはそれぞれ身構える。
プレセアちゃんは一歩前に出ると、ぐっと首元のエクスフィアに手を当てた。

「ヴァーリと二人で……私をだましたんですね」
「プレセアか。お前がその小さい体でクルシスの輝石を作り出してくれていれば、もっと大事にしてあげたのですがねえ」
「……消えなさい!」
「フォッフォッフォッ。まあ、そういきりたたずに投影機を見なさい。これからちょっとした水中ショーを見せよう」

斧を握りしめた彼女をせせら笑って、ロディルはほれ、とモニターを映し出す。
そこに映りこんでいるのは脱出の最中だろう人達だ。彼らは一生懸命に通路を駆け抜けている。もうそこは水中の通路ではない。地上が見えてきたためか、表情が明るくなっている人も何人かいた。
だが、不意にその画面が揺れる。なんだなんだと皆は足を止めて、そして……気付いた。通路の下を満たしていた水位が、どんどん上がってくることに。地上を目前にした彼らを、再び水底へ引き戻そうと、それらが迫ってくることに。

「ひ、ひどい!」
「みんなが……殺されちゃう!」
「……ゲスが!」
「てめえ! やめろ! 今すぐ海水を止めるんだ!」
「無駄だ」

何人かは通路を駆け出すけれど、上昇してくる水位に怯えて動けなくなっている人もいる。止めなくては。
そう思ってロディルに駆け寄って切りかかるけれど、彼は飄々と笑いながら避けて、モニターを消した。

「お前たちがここに乗り込んできた訳はわかっていますよ。おおかた、我が魔導砲を無力化しようというのでしょう。残念でしたねえ。魔導砲へ続く通路は海水で満たしてあげましたよ!」
「そんなことのために、牧場の人たちを見殺しにしたの! 許せない……」
「劣悪種の命など知るか! 魔導砲はクルシスの輝石があれば完成する。あのトールハンマーさえあれば、ユグドラシルもクルシスもおそるるにたらんわい。目障りな救いの塔も、魔導砲で崩れ落ちるだろう」

どこかうっとりとした様子で思い描いているのは、その救いの塔を打ち砕く瞬間だろうか。
いったい、救いの塔なんて破壊して何になるのだろうと思うけれど、彼にとって、あの塔はよほど邪魔な存在らしい。

「救いの塔を破壊して、いったい何になるんだ」
「くくく。お前たちのような下等生物には関係のない話だ。……私はようやく、クルシスの輝石を手に入れたのだからな!」

そう言って、彼は嬉しそうに懐から赤く輝く宝石を取り出す。
あれは、輝石なのだろうか。正直、見た目だけで区別がつかないのだけれど、本物だとしたらいったいどうやって手に入れたのだろう。
まさか、他にも輝石の実験体になった人がいたのだろうか。わたしたちの知らないところで、今も輝石の実験に苦しむ人がいるのだろうか。

「どれ。まずはわしが装備して、輝石の力を試してやるわい」

恐ろしいそれを、彼は己に装着する。途端、ロディルの身体が大きく膨れ上がって、その肌が緑色に変色を始めた。彼の皮膚が溶けて、骨や肉がむき出しになって、見上げるほどの巨体へと育っていく。
ひっと思わず悲鳴が漏れた。形は違うけれど、マーブルさんやクララさんを思い出してしまったからだ。彼は無理やり外れたわけではないけれど、暴走したのだろうか。そう思ったけれど、あの苦しそうな声は聞こえない。かろうじて人の顔の形を保った頭部は笑顔さえ浮かべているように見える。
いったい何が、と思っているうちに、ロディルはその大きな腕を振り上げて、こちらへと襲い掛かってきた。