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花売りの少女の言う通り、その村はとっくに廃村と化していた。
家々は荒れてしまって、植物たちのいい支柱として蔦に巻きつかれてしまっている。無造作に生えた雑草と生い茂る葉。とても人が住んでいるとは思えないし、暗くなってきた今としては薄気味悪く感じる。

「いかにも、な廃村だな。」
「そうだね…あまり長居はよくないかもな。」

この廃村のルートを通ることになったのは、元々は妖精を探すためであった。
ヴェルサスの図書館で見た文献には居場所などは載っていなかったが、妖精のイメージ的に人目につかない森にいるのではないか?という考えに至り、人の少ない、森近くの村を通ることにしたのだ。その最初が廃村とはあまりうれしくないが、こればかりは仕方ない。
とにかく一通り見てから早々にここを出てしまおうと探索を始める。屋根がある所で野宿した方がいいとはわかっているのだが、やはりこんな場所で眠れるとは思えないのでもう少し離れた所で野宿した方がいいという結論だ。
アンジェリカももちろんこの意見の賛成で、少し速足に村の中を見て回って…ふと、視線を感じて足を止めた。

「…?」

この視線は前にも感じたような気がする。こんな場所で感じる視線にいい思いはしないが、恐る恐る視線を感じる方向を見る…そこには何もない、はずだった。
事実そこには何もなかった。人も、物も。ただ荒廃として、子供たちが残していったのだろう落書きが寂しげに残される村の景色があるだけだった。

そして、それが。
それがきっと、視線だった。

アンジェリカの視界に入った途端、壁に描かれていた子供らしい、何を書いたのかいまいちわからないような落書きが一斉に蠢いた。まるで生き物のようにうねって、吸盤で張りついていただけのように壁から剥がれ落ちた。
動く落書きはやはり薄っぺらくて、でも確かに動いていて。これはなんだと考えることもできないままアンジェリカは慄いた。

「な…っ!?」
「アンジェリカ、下がって!」

すぐに異変に気付いたジーンが前に出た時、動く落書きもアンジェリカへと近寄りながらその薄い腕で殴りかかってきた。ジーンの一振りで霧散してしまうような脆いものだったけれど、村のあちこちから落書きたちが集まるのが見える。
べたりべたりと聞こえてくるのはきっと塗料だ。
明らかに異様な光景に、二人はじりじりと後退する。

「これは…なんだ?」
「噂は本物だったってことかな…走るよ!」
「わ、わかった。」

こくこくと頷いて、急かされるままに走る。
ちらと後ろを伺えば、落書きたちは律義にも二人を追いかけてきているようだ。それに走る速度を上げ…ようとして、アンジェリカは再度後ろを見た。
見覚えが、ある気がする。
子供らしいそれだから、昔に自分が描いたそれと混合してしまっているのかもしれない。だが、もっと。もっと最近、大きくなってから、この落書きを見たような、そんな気がするのだ。たとえそうだとして、自分や彼女の描いたものはもっと、明るく楽しいものだったはずなのに。

そんなことを考えながら走っていれば、その先に人影が見えた。こんな廃村に何故、と思うが、それを言うなら自分たちもここにいてはおかしいのだ。肝試しだろうか、それとも盗賊の類だろうか。ジーンが警戒するのを感じながらも走れば、それは男のようだった。
すらりとした体躯の男。ただそこに立って、アンジェリカたちが走ってくるのを見ているだけの、男。どこか見覚えのある男。黙って。一言も発さず、身動きもせず、無表情に無感情に。ただただ、アンジェリカたちを見つめる。
暗がりに佇むその手にレイピアが握られているのを視認した頃には、彼は迷いなくアンジェリカに向かってそれを突き出してきた。急いでジーンが前に出るがもう遅い。レイピアはあっさりとジーンの服を裂いて、彼のわき腹に傷を作る。

「…っ」
「ジーン…うわっ!?」

駆け寄ろうとして、後ろから何かが飛んでくるのを感じてそれを避ける。足元に突き刺さったのは髪だ。これも見覚えがある。
振り返ればそこには低く唸る女のような体を持つ魔物が一体。うねるような髪と、地面に後をつける蛇のような下半身。虚ろな目。
間違いなく、アンジェリカが一番最初に出会った魔物だった。それはアンジェリカを見ると、笑うようにくぐもった声を発した。

『ツカマエタ』



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