18


アンジェリカが『アリス』としてこの世界に来てから、しばらくの時がたった。
アンジェリカはその間に随分強くなったと、ジーンは密かに思う。相変わらず力が足りず桜月を…刀を鞘から抜く事はスムーズに出来ないが、その分帯刀状態での攻撃にはキレが出てきた。
事実、パトリシア達と別れた時はジーンの後ろでたどたどしくしか行動出来なかったというのに、今では彼女一人でも魔物を追い払えるようになっている。
今から抜刀出来るようになった時が楽しみだ…そう小さく笑って、今日の目的地である村へと入った。
人の少ない、小さな村は、だが確かに村特有の活気を持っている。はぐれないようにと、ジーンのコートを掴みながら珍しそうに辺りをきょろきょろと見渡すアンジェリカの姿は相変わらずだ。妹というより、娘という設定にすれば良かったかと微笑ましく思いながら、ジーンも辺りに目をやる。

すると見覚えがある色が、ジーンの視界に入った。
黒ずくめの自分とは対照的な、青と白の服、柔らかそうな長い髪に大きな杖…まさか、と思う。
不安そうに森の入り口に立つ少女に無意識に近付いていくジーンに、アンジェリカも不思議に思いながら無言でいた。
そして、顔が判断できる頃になって、少女と目が合う。同じように驚きの色を浮かべた少女に、ジーンはぽつりと呟いた。
「君は…」
「…お兄様?」
「…やっぱり、シェル!」
ぱあぁっと顔を綻ばせたジーンに、アンジェリカは思わずコートを掴んでいた手を離す。
シェル、と呼んで少女の方に腕を広げて歩み寄り、シェルと呼ばれた少女もジーンの腕に飛び込んだ。
「久しぶりじゃないか!元気だったか?病気してないか?ちゃんと寝てるか?ちゃんと食べてるか?」
「ふふ、大丈夫ですわお兄様。それより、そちらの方は?」
ぎゅう、と抱き合って、それから軽く額に口唇を押し付けて、くすぐったそうに笑い合う。
こんな風にジーンが人と触れ合うなんて初めて見た、と呆然とするアンジェリカに視線を向ける少女に、ジーンは柔らかく笑ってアンジェリカの背中を軽く押した。
「ああ、彼女はアンジェリカ。一緒に旅をしているんだ、もう一人の妹みたいな子だよ。こっちはシェリラ。俺の妹だ。」
「はじめまして、アンジェリカさん。ジーンの妹のシェリラです。」
「…アンジェリカ。」
向けられた柔らかい笑顔に、何故だかドキドキしながらジーンの後ろに隠れるようにしながら名乗る。
…元来、人見知りをするタイプなのだ、彼女は。ジーンやパトリシア達は自分であるし、向こうからやってくるタイプだったためにすぐに打ち解けたが、やっぱり人と話すのは恥ずかしいらしい。
そんな彼女を『恥ずかしがり屋』とでも受け取ったのだろう。
シェリラはクスクスと笑って、アンジェリカの頭を優しく撫でた。さすが兄妹というべきか、ジーンと同じように暖かく優しい手付きに、思わず目を瞑る。

「それよりシェル、どうしてここに?」
「ああ、一緒に旅をしている方々がいるのですけれど…村に来る途中ではぐれてしまいまして。」
「一緒に旅をしてる奴がいるのか。」
「えぇ、一人での戦闘は難しいですから…盾になってくださるというので、一緒に旅をしていますの。」
一緒に旅をしているという二人の男性がいるのであろう場所の目星は大体ついてるようだ。
しかし、見るからに魔術師であるシェリラに、一人での戦闘は難しいらしい。詠唱スピードや発動はパトリシアよりもずっと早いらしいが、基本的に群れで行動する魔物相手ではあまり効果がないうえに威力も高いわけではないのだという。
そのため、場所はわかってもなかなか迎えに行けないという状況のようだった。

困ったと笑うシェリラを、アンジェリカはしばらく無言で見詰める。それから少しだけ視線を落として、再び上を向いた。
「…ジーン」
「どうした?アンジェリカ。」
「一緒に探しに行こう。」
え?とジーンが呟いて、まあ!とシェリラが嬉しそうに手を叩いた。
…歯痒い、という表情を浮かべるシェリラが放っておけなかったのだ。
自分にしては珍しく積極的に動いてしまったと少しだけ照れくさくなって、嬉しそうに笑ってこちらを見るシェリラに言い訳を考える。なるべく不自然にならないような理由を。
「私と一緒に探しに行ってくださいますのね!」
「こ、困ってる女の子を放っておくわけにはいかないからな。わたしもある程度は戦えるようになったし、まだ不安だが…いやだから、その…」
しかし慌ててしまい、ごにょごにょと口ごもってしまう。そんなアンジェリカに、シェリラはまた穏やかに笑った。
「はい、よろしくお願いしますね、アンジェリカさん。」

では用意をしてきます、と一人離れたシェリラを見送って、ジーンはアンジェリカを見る。
その表情には心配の色がありありと見てとれて、アンジェリカは苦笑する。
「アンジェリカ…」
「ジーン。わたしは思ったんだ。」
この前の村で、と言えば、ジーンは表情を曇らせる。
村。それはきっと、いや間違いなく、廃村のことだ。魔物になってしまった感情を見たあの時だ。
「わたしは自分が嫌いだ。大嫌い。大嫌いだから。」
だからああして切り捨てて殺して、生きている。

「わたしは、そうして生きてきたことと向き合わないといけないのだな、と。」

アンジェリカの目は、強く前を見ていた。




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