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探し人であるシェリラの仲間は、焔と儚という名の二人の青年だった。
二人とは、なんでも趣味の遺跡巡りで出会ったらしい。儚とは遺跡近くの村で、焔とは遺跡調査という名の観光の途中で出会い、何かと息もあったので一緒に旅をしている…と言うのだ。
実際に彼らとはぐれたであろう辺りには遺跡があるらしく、きっとそこに居るのだろうという話である。

「シェルクエス(守護の翼)!」
道中現れた、森の中らしく植物の形をした魔物に対し、シェリラは杖をぐるぐると回して銀色に輝いた蝶の羽のような光を出現させる。それは自分と他二人を包むように展開し、魔物からの攻撃を多少だが和らげる。
「はぁっ!…アンジェリカ!」
「わかった…爆炎刃!」
勢い良く地面に桜月ごと叩き付けて、同時に囲うように炎を巻き上げる。
…旅の途中で習得した技だ。鞘から抜けないというハンデを補う為に、いくつかジーンや村のそういう人に教わったのだ。
「我炎、猛追!」
素早く詠唱し、杖をぐるりと回す。
シェリラの魔術は、パトリシアと違って魔法陣組み立てを省略して行う為か、発動までのスピードが短い。
更に省略する事も可能らしいが、それにはまだレベルが足りないらしい。しかしスピードが早く、発動後もクイラのように隙が出来てしまうわけではないから、十分に『強い』と言えるレベルだ。ただし、省略のせいか威力がいささか不安になるのは頷ける。
魔物に向かって伸びていく火球の軌跡を追いながら、アンジェリカもまた、高く飛んだ。
「お別れ…葬姫刃!」
回りながら蹴りを繰り出し、仕上げとばかりに居合い切りの要領で刀を振るう。
そうして最後の魔物が破裂して、アンジェリカはすたっと地に降りた…戦いにも、随分と慣れたものである。

ジーンがよく出来たねと頭を撫でれば、シェリラも同様にアンジェリカの頭を撫で、兄に笑いかけた。
「相変わらずですね、お兄様。」
「シェルも腕を上げたんじゃないか?」
互いに笑い合う兄妹に、なんとなく頬が緩むのがわかる。
見ているだけで胸が暖かくなるような気がするのは、この二人が自分の『好き』な部分だからだろう。
ジーンは『何かを好きになる』
シェリラは『一人を愛する』
きっとこの二人は、『彼女』のおかげで生まれた感情なのかもしれない。まるであの時のように、見ているだけで感じる幸せに、アンジェリカは緩んでしまう頬を抑えられなかった。

ずるり
「…!」
「アンジェリカ!」
「アンジェリカさん!」
だから、気が付かなかった。
自分のすぐそばに、大きな穴があった事。
その穴は先程倒した魔物の巣穴であり、奥深く枝分かれした自然の迷路のような物である事。
気付かないまま足を滑らせ手を伸ばし…そして手は、同じように手を伸ばした誰にも届かなかった。


「これはさっきの魔物の穴ですね…アンジェリカさんがルートを上手く通ってくだされば、遺跡の方で合流できるかもしれませんね。」
冷静にそう述べて、シェリラは今し方アンジェリカが落ちていった穴を見つめた。
遺跡近くの崖に、似たような穴が空いていたはずだ。あの時は遠くから見ただけだったが、とにかく遺跡まで行けば焔と儚とも合流できるから、それから探した方がいいだろう…そう考えて、先に進もうと兄に視線を動かした。
「どうしよう…」
「…お兄様?」
ぼんやりとするジーンにそっと話しかけると、彼はバっと勢い良く振り返る。
「どうしようシェル!上手く合流出来なかったら!怪我とかしていたら大変だ、むしろ途中で他の魔物に出会ってしまうかもしれない。確かにアンジェリカも強くなったが、まだ心配だ…!」
暫く見ない間にすっかり過保護な保護者となった自分の兄に、シェリラは少しキョトンとしてからクスクスと笑い出した。
こんな兄を見るのは久しぶりで、なんだか嬉しくなってしまったのだ。
「大丈夫ですわお兄様。お兄様が治癒魔法をかけて差し上げれば大抵は治ります。」
「でもアンジェリカは治癒魔法を嫌うんだよ。もがもがするって。」
「それはアンジェリカさんがアリスだからでしょうね。」

え、と小さく声をもらす。
…シェリラには、というより、パトリシア達と別れて以来、アンジェリカがアリスだと新たに知った人物はいない。
それなのに、彼女は知っている。
疑っているのではない。
『アンジェリカがアリスであることが当然である』かのように、それを口にした。
思わず、兄の顔だとかそんなものは脱ぎ捨てて、妹を真っ直ぐに見る。
「…シェリラ。」
「大丈夫です。私、約束は守ります。彼女がアリスとして行動しない限りは何もしません。」
「…そ。」
呟いた二人からは、表情なんてものは消えていた。


そんな会話の内容を知らないアンジェリカは、体中を襲う擦り傷特有の痛みに小さく呻いていた。穴の中を滑り落ちて行って、どうやら漸くどこかの出口に出られたらしい。
「つぅ…」
「だ、大丈夫?」
優しく声をかけられて目を開けば、傷だらけの見知らぬ青年と目が合った。
アンジェリカが目を覚ましたのを見て、青年はホッと息をつく。
「びっくりしたよ、いきなり崖近くの穴から落ちてくるんだもん。」
「…すまない。君は?」
「儚っ!早くしやがれ!」
ゴヴンっという堅い音ともに聞こえた怒声に、アンジェリカはおろか青年…はる、と呼ばれていた事から彼がシェリラの探していた儚であり、叫んだのはもう一人の探し人である焔だろう…も体を跳ねさせた。
儚の肩越しに見える風景に、アンジェリカは自分の体が強張るのが分かる。
土…というより、煉瓦といった方がいいだろうか。
それで出来た巨人、俗に言う『ゴーレム』と赤毛の青年が戦っていたのだ。
「ええと…ごめん、自分の身は自分で守ってくれるかな?」
申し訳無さそうに言いながら大剣を構えて、儚はアンジェリカに笑いかける。
どうやら彼も戦いに行くらしい。
ちら、とアンジェリカがずっと握っていた刀を見て、それからぎゅうっと目を瞑ってから、ぐっと目を開いた。
「ボクには、誰かを守る自信なんてないから。」




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