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焔と儚は、どうやらシェリラに気付いてもらえないままアンジェリカと同じように穴に落ちてこの遺跡に辿り着いたらしい。
シェリラがこの先の村にいるだろう事はわかっていた。しかし、遺跡の入り口で番人のように佇むゴーレムを見て、焔が思わずそれに触ってしまったのだ。
ゴーレムは二人が盗賊か何かと判断したのだろう。稼働してしまい、周りを高い崖で囲まれているここから逃げる事も出来ずにこの調子らしい。
「孤月閃!」
「おらよっ…閃空裂破!」
「えと…まずは相手のバランスを崩して…」
ぶつぶつと呟いて、アンジェリカは桜月に手をかけた。戦いながら聞いた経緯に、自分も巻き込まれたのだと理解して、すぐに戦闘体制に切り替えたのだ。
「裂空刃!」
鞘に納めたままのそれを素早く動かし、剣圧をも使って無数の斬撃を浴びせる。
それを見て、ゴーレムの肩に飛び乗った焔はひゅーと口笛を吹いた。それからポイッと使っていた剣…どうやら遺跡の入り口に沢山刺さっている、遺跡荒らし達がいた証…を放り投げ、拳での攻撃に変更する。
「やるじゃねぇか、連牙秋沙雨!」
「崩翔襲斬!」
「葬姫刃!」
次々と攻撃を浴びせるも、堅い岩で出来たゴーレムには少しずつしかダメージを与えられない。
止まる様子の無いゴーレムに、焔がむしゃくしゃと頭を掻いた。
「かってーなぁ。おい儚、お前ので一気にやれねーの?」
「無理だよぉ…体制を崩すので精一杯じゃないかな?大体、焔がゴーレム起動するから…」
「うっせーな!ああもう、なんでこんな時に限って、姫さんははぐれてんだよ!」
ゴーレムの腕や足から逃げながらそう叫ぶ。
確かに三人の物理技は効かないが、魔術なら効くかもしれない。どうやら二人も魔術は使えないらしい、と会話から判断して、アンジェリカは着地する。
幸い、彼女らがこちらに向かっている事はわかっているのだ。ゴーレムによって逃げられない今、到着を待つしかない…時間を稼ぐしかない。

「…時間稼ぎにしろ何にしろ、まず、相手の体制を崩した方がいいと思う。出来るならやって欲しい。」
「あんだよガキ、なんか策でもあんのか?」
鼻で笑うように言われて、思わずかぁっとアンジェリカの顔が赤く染まった。
…彼女にしては珍しいほど感情が表に出ている。それが明らかに子供扱いによる怒りだと理解して、儚は慌てて二人の間に入った。
「が、ガキじゃない!失礼だぞ!」
「焔!そ、それじゃあ、とにかく崩せばいいんだね?出来るかな…」
「…君なら大丈夫だ。少なくともそこの赤毛よりはずっとな。…切り裂け裂空!」
ふんっとそっぽを向いて再び刀を構えたアンジェリカに、焔もまたふんっとそっぽを向く。
…どうやら二人の相性はあまりよくないらしい。困ったように儚が大剣を地面に突き刺すと、焔はアンジェリカにべーっと舌を出してゴーレムに突進していった。
儚はため息をついて、自分の中にある気を集中させる。
成功する自信は無くとも、やらなくては焔に叱られるだろうし、自分に期待したのであろうアンジェリカに申し訳ない。
「…解放するっ!」
合図のようにそう叫んで、地面から大剣を一気に引き抜いた。横凪ぎに一閃、下から数閃、まるで軌跡が見えるかのような力強さでゴーレムを斬りつけ、僅かに重心を傾けさせる。
「くらえっ!!戦神豪破斬!」
仕上げだとばかりに上から飛び降りるように大剣を突き付けて、辺りに光を飛び散らせた。ぐらり、とゴーレムの片足が浮くのを確認して、アンジェリカは崖の上に向かって声を張り上げた。
「…今だ!シェル!」
その合図に、周りの空気が…正確には、崖の上にいた兄妹の周りの空気が変わる。涼やかに冷めていく空気は、シェリラに集まって、そして勢い良く弾けた。
「我水煙…水柱!」
響いたのは、番人の機能が停止する音、だった。

完全に動かなくなったそれを確認してほっと息を吐くと、崖を降りてきたジーンとシェリラに、焔が噛みつくように講義した。
「ったく姫さん穴に落ちた事気付けよ!んでとっとと迎えに来いよな!」
「ごめんなさい…でも、そのおかげでお兄様に会えましたし。」
「お兄様なんて知らねーよ!」
ぎゃいぎゃいと騒がしくなった二人を横目に、アンジェリカとジーンは座り込んでいる儚の方に歩みを進めた。
どうやらシェリラのために隙を作るのに大技を使って疲れたらしく、ぼんやりとゴーレムを見ている。
「大丈夫か?」
「あ、うん、ありがとう。なんか、成功したから安心しちゃって、さ。」
「そうか。」
「えぇと…ハル、だっけ?」
ぽりぽりと自分のこめかみを掻きながら、ジーンがおずおずと名前を呼んだ。
そういえば一応初対面なのだった、と理解して、アンジェリカは心なしかジーンの一歩後ろに隠れるように立つ。
「アンジェリカを助けてくれてありがとう。」
「い、いえ、ボクは何も…むしろ助けて貰ったというか…」
「それでもありがとう。それと、妹と一緒に旅をしてくれてありがとう。なかなか扱い辛かったりする奴だけど…これからもよろしく頼む。」
「それこそ勿体無い言葉です!シェルには一緒に旅をしてもらって感謝してるというか…」

あわあわと恥ずかしそうに手を振って答える儚を微笑ましく見ていれば、焔とシェリラの会話も終わったらしい。近くまで寄ってくると、丁寧にお辞儀をした。
「お兄様、アンジェリカさん。今回はどうもありがとうございました。」
「い、いや、気にすることはない。」
「ありがとうございます。それじゃあお兄様、私達はこのままついでに遺跡見学に参ります。」
「ああ、じゃあ俺達はこのまま次の村にでも行くよ。大丈夫だよね、アンジェリカ。」
「大丈夫だ。」
「ではまた、お会い出来る事を願っていますわ。」
さよなら、と笑うシェリラに、アンジェリカもさよなら、と返す。思っていたよりもあっさりとした別れだったが、不思議とすぐに会えるような気がして、アンジェリカはジーンと共に再び崖の方へと向かった。

そして二人とある程度距離が離れたのを見計らって、儚は小さくシェリラに声をかける。
「ねぇ、シェル。あの女の子…」
「はい、アリスですよ。」
やっぱり、と、少し離れた焔には聞こえない程度の声をもらす。
崖の穴から落ちてきた彼女の傷が、すぐに治ったのを思い出して、儚はちらりと後ろを見た。
アリスを殺すのは、ある意味義務と言える。
今なら間に合うだろうか、間に合わなければいいと、先程一緒に戦った少女を思い浮かべれば、シェリラは止めるように、しかし自然な動作で杖を回し、儚が二人を追いかけないように道を塞いだ。
「でも、別に殺す必要はありませんわ。今はまだ、アリスとしての行動は起こしていないみたいですから。」
今はまだ、お友達でいましょう。
そう言えば、儚は少し安心したように、笑った。





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