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「あ」

ポロリと零れた声に、前を歩いていたジーンは足を止めた。
アンジェリカはそんなジーンに何かを言より早く脇道にそれて、つい今し方視界に入ったそれのもとへと小走りに近寄る。
彼女が向かった先にあるは、ピンク色の人形。ぎょろりとした大きな目が特徴的な、ウサギのぬいぐるみ。クイラの頭の上にいつもいるそれが、無造作に落ちていた。

「これ、クイラの…」
「ギョロじゃないか。どうしたんだい?こんな所で。」
『落ちた』

どうやらクイラの落とし物らしい。
拾い上げてやれば、ギョロは気の抜けた声でクイラの頭から落ちた事を説明した。

「クイラを呼び止めれば良かったんじゃないのか?」
『めんどい…』
「はは、君は相変わらずだな。」

笑いながらギョロの頭を叩くように撫でるジーンに、アンジェリカはなんとなく違和感を覚えた。少し考えて、それが彼の仕草がシェリラに対するものと同じだからと気付いて、また首を傾げる。
ジーンとギョロが仲良しというのは、なんだか想像しにくかった。その理由も思い浮かばないし、ではクイラと仲が良いのかとも考えるが、知り合いではあるようだが祖以上にも思えない。
そんな彼女の視線に気付いたのか、ジーンはアンジェリカを見比べて、それからああ、とギョロを彼女に持たせてやる。


「昔、まだ騎士見習いだった時、三人で同じ学校にいたんだ。」
「三人…クイラとギョロと、か?」
「…ああ、そうだよ。だから君が思ってる以上には仲良しなんだ。」
「クイラも昔は騎士見習いだった、ということか?」

不思議そうに繰り返すアンジェリカに、ジーンは苦笑を返す。
似合わないだろう事は、彼自身も思っていたらしい。実際似合わないし、向いてなかったというのもあって今はああしているのだと説明して、ギョロを撫でる手を再開する。

「でも昔からしつこかったんだ。訓練で当たって負かした時は、その後しつこく「再戦しろ」と追い回されたし、そのたびにアドバイスを強要されるから面倒くさくって。」

最初のうちはまだ良かったが、何度も続くと流石に嫌になる。かといってわざと負ける事も出来るはずがない。だから仲良しって感じにもなれなかったんだと苦笑するジーンに、なるほどとい頷く。
何度も何度もやってくるクイラのしつこさは、今アンジェリカを何度も追い回す様子から容易に想像できた。
ジーンと、そしてジーンと一緒にいた同期の騎士見習いに対してもそれを繰り返していたため、よくとばっちりを食らう人も続出したらしい。そのたびに教官や友人に怒られて大変だった…と遠い目をするジーンに、アンジェリカはなんだか申し訳なくなる。
自分には関係ないのに、だ。

「ジーンはクイラが好きなのか?」
「嫌いじゃないよ。」

にこにこと笑って、「でも向こうは友達になってくれないんだよね」と頭を掻いた。
その様子に、少なくとも彼は嫌っていないのだと知って、アンジェリカはなんだかぽかぽかと胸が熱くなるのを感じる。
いつか、彼も入れて三人で旅をしてみたい。
彼も自分なのだ。彼も、アンジェリカなのだ。
話を、してみたい。

「ああ、でも。」
「ん?」
「ギョロが落ちてたのは罠かもね。」
『何故ばれたし』

あはは、とジーンが笑うと、ガサリと音が鳴った近くの茂みから、二人が話題としていた人物が、現れた。
片目を前髪で隠した、どこか不機嫌そうな青年。
長斧を持った、いつもアンジェリカを殺す青年。
クイラが、そこにいた。
頭にギョロを乗せていない彼はどこか新鮮で、でも物足りなくて。彼は一度目を閉じると、再び強く目を開いてアンジェリカに向かって叫ぶように言葉を投げ付けた。

「バレてしまっては仕方ない!と、昔話をされて恥ずかしいがオレは言うぞ!」
少し顔を赤くして茂みから出て来たクイラに、思わず苦笑が漏れる。
しかし、アンジェリカに取っては嬉しい誤算だった。少しだけ嬉しそうに頬を染めて、ジーンの腕の中のギョロをぎゅうっと掴んだ。
それにジーンも微笑んで、それから少しからかうようにクイラに笑いかけた。

「このまま一緒に話してくれたら昔話なんてしないよ。ね、アンジェリカ。」
「クイラから聞くからな。」
「誰が喋るか!まぁいい、今日は目指せ10回と目標を立てる!」

もう678回なのに、随分とハイペースだな、と呟いて、ジーンはアンジェリカを背中に隠す。
正直、今のクイラはジーンよりも強い。アンジェリカも強くなった事と彼の詰めの甘さによって678回に収まっているだけで、彼が本気を出せば10回なんてすぐだろう。
そろそろなんとかしなければ、とクイラをぐっと睨む。
それに彼は愉しそうに笑って、未だアンジェリカの腕の中にいる自分の人形を呼ぶ。

「来い、ギョロ!」

…しかし、ギョロがクイラの頭に戻る事は無かった。
彼はあくまで人形なのだから、いくら魔術を扱うことができるとしても自分では動けないというのは、少し考えずともわかるだろう。クイラもそういう意味では失敗したと思った。
しかし、もし彼らが自分で動くことができたとしても、それは叶わなかっただろう。ぎゅう、とギョロを抱き締めていたアンジェリカが、返さないとばかりにその力を強めたからだ。
そして…アンジェリカはクイラとは全く別の方向に走り出した。

「あっ」

たたたーっと走り去る姿に、一瞬戸惑う。
だがすぐに追わなければと我に帰って、追いかけようと足を踏み出した。

「おい!」
「待て、クイラ。」

しかし、それはスッと前に立ちふさがったジーンによって遮られた。立ちふさがった彼を睨んで、それから素早く長斧を振り回す…が、ジーンもそれを難なく受け止める。

「女の子から無理やり物を取るのはいけないよ。」
「あれはオレのだと確認するが?」

得物を噛み合わせたまま睨み合って、二人は同時に距離を取った。





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