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「君は昔から決まらないなぁ。」
「うるせぇ。」
「…俺、穴に縁でもあるのかな。」
「知るか。」
落ちた先でそんなやり取りをして、ジーンは力無く笑った。
二人ともさすがというべきか、結構な深さの穴だというのに大きな怪我はしていない。掴んだままの手を振り解いて、上に座ってしまっていたジーンを蹴り飛ばして立ち上がる。
頭上の穴からは、アンジェリカが顔を覗かせていた。
「ジーン!クイラ!無事か!?」
「大丈夫だアンジェリカ!君までは下りて来なくていい!」
まずは彼女までもが下りてくる事を防いでから、ジーンはふてくされたままのクイラに向き直る。
二人とも怪我はないが、彼が頭を掴んでいたギョロはあちこち擦り切れてしまっていて、彼の力を借りる事は無理そうだった。
「登る事、できそう?」
「無理だろうとオレは言い切るぞ。」
「そう。ここからじゃ無理みたいだから、この先で合流しよう!多分、前に君が落ちたのと同じものだ。一応あっちを目指してくれ!」
「わかった。」
コクリと頷いて、アンジェリカがたたっと走り去る音が聞こえる。
それを聞いてから、ジーンはクイラに奥へと続く通路を指差した。
「じゃ、それまでは一緒に行こうか。」
「何故お前と…」
「ギョロ。ボロボロだろ。」
人形持ちのクイラは、その能力のほとんどを人形によって強化されている。裏を返せば、人形がいないと一般人よりも弱くなってしまうということだ。魔法の威力も減るだろうし補助魔法も使えない。
だが、明らかに魔物の物と思われる足跡やらがあるのを見て、ジーンはわざと肩をすくめてみせた。一人での行動は危険だとクイラもわかって、隠す事なく舌打ちをした。
「勝手にしろ。」
「言われなくても勝手にするよ。」
見捨てるつもりもないから安心しなよ、と苦笑しながら、クイラの後に続いてジーンも歩き出す。

この穴はどうやら思っているよりも広いらしく、二人が並んでも歩けないということはない。だがやはり魔物も住んでいるようで、少し歩けば彼らを侵入者と認識した魔物が襲いかかってくる。
こんな場所に引きこもっているなんて不健康だなあ、とそれらを相手にしながら進んで行けば、突然我慢ならないと大声で叫んだクイラに、ジーンは隠す事なくため息をついた。
魔物が出て来ても、先ほどからクイラはいつもの半分もの力を発揮できていない。いつもなら補助魔法をかけたり魔力増強してくれるギョロが沈黙しているからだ。
擦り切れてボロボロの人形を直すには専用の糸が必要で、それを彼は持っていないという。だからそろそろ叫ぶとは思っていたと、剣を納めながら諭すように話しかけた。
「っだー!めんどうだ!」
「仕方ないよ。人形持ちの君が人形無しで戦うなんて。」
「お前の補助が悪いとオレは思うぞ!」
「補助がないから戦いにくいとか責任転換するなよ。人形無しの魔法はカスっちいくせに。」
「うるせぇ!」
喚いて、近くに来ていた魔物に長斧を振るう。
だがどうしても出来てしまう隙に魔術を詠唱するが、やはりいつものようなキレがない。
「我雷!紫電の鎚よ!」
いつもより高位の術だというのに、それはぷしゅーと間抜けな音を立てるだけで威力は全く無かった。
そのまま素直に攻撃を受けて、大の字に転がる。
「…もうおとなしくしてなよ。」
「…うるさいぞジーン。」
とりあえず治癒魔法をかけてやりながら、小さく会話を交わした。
昔みたいだ、なんて少しだけ思えば、クイラも目を閉じる。
「…アイツのようにはなりたくないんだ、と言いたいオレだ。」
「…そう。」

アンジェリカに昔の話をした時、ジーンは『三人で同じ学校にいた』と言っていた。それはギョロを含めた三人と説明していたが、本当は違うだろうと、クイラは気付かれないように唇を噛んだ。
『守る自分』がいたのだ、そこには。
『誰かを守ろうとする自分』がいて、三人だった。
クイラもその三人でいる事自体を嫌ってはいなかった、と思う。常に何かに対する嫌悪感を抱いていた彼だが、誰かを好きになって守ろうとする彼らに囲まれて、今ほど強く思わなかったから。
ジーンが治癒術を覚えたのはアイツのためだと思い出して。彼の妹が威力は無くとも拘束で詠唱するようになったのもアイツのせいで。そうして思い出せば思い出すほど、クイラはやはり、どうして彼はアリスを殺さないんだと疑問に思った。

守れなかったあの人は、アリスが『いらない』と叫んだせいで魔物になってしまったというのに。

ぼんやりと治癒術をかけている彼を見上げて、クイラは考えようとして…気付いた。
彼の後ろから何かがやってくるのを。
魔物とは違う、だがそれに近い何かが抜き身の刀を振るおうとしているのを。
「おい、バカ!」
「え?」
ぐいっとジーンを引っ張ったと同時に、地面が、大きく抉れた。膨れ上がった殺気に、クイラに引っ張られたジーンは転がるようにして避けた。
ジーンがいた場所は大きく抉れており、それだけで相手がどれだけのパワーを持っているのかがよくわかる。
「気を付けろ!」
「ごめん!一閃!」
すぐに切り返すが、バールのようなものを持った影は一気に後ろに飛んで逃げ、その奥からわらわらと魔物が沢山地をはって来た。
実質一人分だけの戦力でのこれはキツい。
そう判断して、ジーンはクイラを引っ張ってすぐさま走り出した。
行き止まりだとわかっている元の道ではなく、前に…つまりは魔物がいる方向に。幸い、上手く反応出来なかった魔物達のおかげでそこから走り抜ける事に成功する。
「クイラ、アイツ等はこの穴の魔物?」
「違う。穴を作る習性の魔物はあの中には一匹もいないと断言する。」
「ってことは…」
ちらり、まだ追ってくる彼らを見る。
戦闘を走るのは魔物達だが、その後ろから確かに…ゆっくりではあるが、追ってくる人影。
あの人物がこの魔物達を誘導しているという事になる。
「アイツはなんだ?あんなに魔物従えるような奴などいなかったと記憶しているぞ?」
「俺だってそうだよ。」
「…光陽、其は気高き姫君の流星、分かたれし星屑繋ぐ、孤独なる光。」
ゆっくりゆっくり、詠うように。
耳に届いた声に、呪文に、見えた光に。
二人は魔法陣が自分達を捕縛する前に、大きく前へと転がった。
「壊れちゃえ。」
瞬間響く轟音と土埃に思わず咳き込む。
大きく盛り上がってしまった地面が穴を塞ぎ、だが次の瞬間には刀で切られまた穴が開く。
ようやく肉眼で認識出来るようになった人影に、二人は珍しく自分が冷や汗をかいている事に気付いた。
「お前…」
小さな光の羽を辺りに飛ばして、魔物に囲まれていたのは一人の少女。
赤毛と黄金の瞳はどこかアンジェリカを思わせる。だが彼女が絶対に浮かべないであろう歪んだ笑顔を貼り付ける少女には、アンジェリカと絶対的に違うものがある。
背中に生えた、大きな白い翼。布地の少ない服から生えたそれは神々しく、辺りに舞う光…まるで妖精のようなそれとは違う力を感じさせた。
翼と手足とを美しい鎖に繋がれていた彼女は、にっこりと。
涼やかな声で、にっこりと笑った。

「こんにちは、お兄様方。早速ですけれど死んでくださらないかしら?」





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