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光属性らしい彼女は、次々と地面を爆発させるような大技ばかりを使ってくる。さらに拘束する鎖をものともせずに、彼女自身が振り回すバールと、その周りに舞っては彼女を補佐し、輝く光たちが彼らの動きを大きく制限する。
それはおそらく、妖精だ。
この天使のような姿をした彼女はきっと妖精使いで、そして魔物を従えて。そして、アリスだけでなくジーンたちまで殺そうとしている。
それらを避けても次点で襲ってくる魔物に、クイラは勿論、ジーンもかなり苦戦していた。穴が元々穴の中だというのに、彼女の術で更に穴があいていく。今ではなんとか見える程度ではなく、既に日の下に出てしまっていた。
チャキ、とバールを鳴らして首元に突き付けられて、ジーンは内心舌打ちをする。
…彼女は強い。それもかなり。
それはつまり、彼女は『アリスの中でも強い感情』であるという事だ。
妖精を扱える感情なんてたかがしれてる。
だと言うのに、魔物まで使える二面性のある感情なんて、ジーンは知らなかった。
「君は…妖精使い、でいいのかな?」
少し余裕ぶって聞いてみる。
自分より後ろに吹き飛ばされたクイラだけでも逃げられるのではないかと時間を稼ぐのだ。
どうせ彼は逃げないのだろうが。
彼女もそれがわかっているのか、いないのか。貼り付いた笑みのまま、ジーンの質問に答えてやる。
「そう呼ぶ人もいるわ。でも、そんなの関係ないじゃない?わたしはあなた達を殺さなきゃいけないの。そのために、わざわざこの子達を連れてきたんだし。」
「お前は誰だ?何故妖精使いがこんな数の魔物を従えるのか疑問に思う。」
「…あら。妖精について何も知らないのね。あなたは人形持ちのくせに。」
くすくす、くすくす。
立ち上がったクイラの質問に、彼女は笑う、嘲う、わらう。
穴の中に反響する声は不気味で、酷く不安だった。
だからジーンも…クイラでさえも、僅かに笑った。

「…紅蓮光輪!」
「っ!?」
少女とジーンを離すように飛んできた炎の輪に、彼女は思わずそこから飛び跳ねた。
後ろに向かって魔物と一緒に跳ねた彼女の代わりに降り立ったのは、一つの影。
それは、少女だった。
左右非対称の服だった。
長さもあっていない三つ編みだった。
鞘に納められたままの刀だった。
すっかり丸見えになってしまった太陽に照らされて、その場に降り立った少女は。
彼らが殺さなければならない存在であり、同時に守りたい存在の…アリス、だった。
「二人とも、大丈夫か?」
「なんとかね。」
軽く笑って返して、ジーンはアンジェリカを見上げる。
クイラも、今は彼女に切りかかるという事はしなかった。
クイラと自分に治癒魔法をかけて、もう一度立ち上がる…といっても、正直ほとんど回復など出来ていなかったのだけれど。

「あ、ああ…あああ、あ、」
降りてきたアンジェリカを茫然と眺めていた天使が、悲鳴にも聞こえる声を断続的にこぼす。
一体どうしたのだとアンジェリカが彼女を見れば、彼女は両手を口に当てて紅潮した頬でアンジェリカを見ていた。
「ああ…っアリス。アリス、アリス!」
急に、何かが壊れたように少女が言葉を繰り返し始めた。
貼り付けていただけの笑顔は可憐な少女の物になり、バールのようなものを握っていた手は祈るように組まれている。ふらふらと揺れて近付く姿は、愛しい人に出会った少女のままだ。
「ずっとずっと会いたかったの。ずっとあなたに会いたかったの。あなたをこの手で殺してあげたかったの。嗚呼アリス!ようやくあなたに会えた!」
嬉しそうに名前を呼べば、彼女の周りにぴったりとついていた魔物が『ぼふん』という音を立てて、ウサギの人形に姿を変えた。
見慣れない魔物が見慣れたそれに変わるのを見て、アンジェリカはもちろん、後ろの二人までもがその表情を驚きに染める。
そして、抱き締めるように。
愛しい人を優しく抱き締めるように。
少女はアンジェリカを抱き締め、そしてその背中に深々と刃を食い込ませた。
彼女の表情は、うっとりとしている。
「え…?」
「また来るわ。今度はもっとたくさんお人形を持ってくるから。二人でたくさん遊びましょう?これはその約束。」
「アンジェリカ!」
ぐらり、揺らいだアリスの体を簡単に投げ捨てて、少女はうっとりと笑う。
うっとりと、心から愛しそうに。
「またね、愛しのアリス。」





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