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ち、と、クイラが舌打ちをした。
それは両手いっぱいに人形を持った天使が立ち去り、置き土産に残されたアンジェリカの傷が治って、少し間をおいてからだった。
突然現れ突然去って行った少女の事で、三人が黙り込んでしまった空気を壊すようなそれに、アンジェリカもハッと現実に意識を戻した。
「んだよアイツ、横取りかよとオレは不機嫌だ。」
「クイラも大丈夫か?ギョロがボロボロみたいだが…」
「お前なんぞに心配される謂われはない。くそ、ギョロがこんなで無ければ…」
クイラの呟きをぼんやりと聞きながら、ジーンは少女が去った先を眺めた。
それは呆然としている、というより、何か考えているような眼差しで遠くを見つめている。
「…ジーン?」

魔物が人形に姿を変えた。
妖精使いが従えた魔物が、人形に。
捨てた感情が、願いに姿を変えるなんて。
彼女自身の姿だってそうだ。あんな、天使のような姿をした住人を、彼は見たことがない。
魔物でも人間でもない姿をした、願いと捨てた感情とを従えた少女。
あの、人形たちが意味するのは。
あれが、姿を変えたのは。
「いたっ?」
「邪魔だ。」
アンジェリカの声にも反応せず、じっと考え込んでいたジーンを押しのけて、クイラは少女が開けていった穴をよじ登り始めた。
早くギョロを直したいらしい。それを行うに必要な糸を手に入れなければ、アリスを殺すどころか自分の身を守ることもできないので、急く気持ちはわからないでもない。
相変わらずのふてぶてしい態度に苦笑しながらそれを見つめていれば、ポツリと、声が落ちた。
「…守る。」
ぴたり。
微かな声に、クイラが登る腕を止める。
声を発したのはアンジェリカだ。
彼女は真っ直ぐにジーンを見つめ、言葉を紡いでいく。
「ジーンがわたしを守るから、わたしもジーンを守る。だから、その…そんな顔をするな。」
心配そうにそう囁く彼女に、ジーンはひゅっと息をのんだ。
彼女と同じような言葉を言う。
彼女が否定した彼女と同じことを、言う。
自分はどんな顔をしていたのだろう。
そんな言葉を言わせるような顔だなんて。
ジーンはどこか切なくなりながら、それでも笑顔を形作った。
「…うん。」

嗚呼、君はやはり、アリスなんだね。

「次に会った時はジーンごと殺すと宣言する。」
二人の間に落ちてきた声に、既に大分高い所まで登っていたクイラを見上げる。
彼の視線を上にやったままで表情は見えないが、それはいつもよりずっと強い声だった。
強い声で、言葉を残して行く。
「いいか?アリスを殺すのはオレだけだ。これは誰にも譲らん。」





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