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穴を抜けて、とにかくどこかで休もうと歩いて行った先にあったのは、ひとつの教会だった。
木々の中に隠れるようにひっそりと。それでいてハッとするほど真っ白な壁と鮮やかな花が植わっているそこは、空気までもが真っ白に感じるほど清涼な雰囲気を放っている。

「ああ、そうか、この辺りまで来ていたのか。」

ほっとしたように言葉を漏らしたジーンに、ここは知っている場所なのかと視線で問いかける。

「ここはなんというか、終焉…なのかな?アリスの自己愛がいる場所で、たぶん、君が何をしても絶対に君の味方で居続ける、いわばアリスの狂信者のいる場所…かな。」
「狂信者って…」
「言い方は悪いけど、会えばなんとなくわかると思うよ。」

肩をすくめてみせる彼に、そういえば好意的な人は居ても『アリスを肯定している』人には会ったことがなかったなと思う。アリスを殺すのが当然なのだからおかしいとは思わないが、どうも後ろ向きで暗い感情とばかり接してしまって、自分にいいところなんて無いのではないかと不安になるほどだった。
アリスを愛している。
それもそれで極端だなと思う。

「昔に騎士団でお世話になったんだ。俺の治癒術もここで教わったようなものだし…ここの自己愛の聖女様の癒しの力は凄まじいからね…そうだね、この町くらいの範囲なら強力な防護壁を一瞬で張れるし、死んだくらいなら簡単に回復出来るんじゃないかな。」

その驚異的な治癒術、防護術は当然他には見られないほど強力だ。
だからこの場所は終焉と呼ばれる。聖女によって癒され、終わり、再び目覚める場所。
彼女と、よく訪れることになっていた場所。

「ジーン…?」
「アンジェリカ。」
「うわっ?」

ぼんやりとしたジーンにどうしたのだと聞こうとして、それより先にぐいと体を引っ張られる。同時に足元で何かがはじける感覚。それは間違いようもなく銃撃だった。

「な、なん…?」
「待ってくれ、敵意があってここに来たわけじゃないんだ。」

ジーンがそうどこかに話しかけると、何かが動く気配がした。
誰かいるのかと身構えていると、のそりと物陰から何か小さな影が出てくるのが見えた。そこから出てきたのは思ったよりも小さな子供だと気づいて、思わず力が抜ける。黒い外套を被った彼は、まだ10歳ぐらいだろう子供だった。

「あら、あなたは確か…騎士団の方?」

子供に目を奪われている間にもう一つの声が耳をくすぐる。それは穏やかで可憐な少女の声だ。教会の扉を開けて現れたのは、神衣をまとう修道女。
ジーンは彼女を認めると、微笑みながら彼女に近寄った。

「お久しぶりです、シスター。少しここで休ませてもらいたいのですが。」
「それは構いませんが…そちらの方は…」

シスターとアンジェリカの目が合うと、彼女はみるみる笑顔になっていく。そして勢いよくアンジェリカに抱きついた。

「お会いしたかったです、アリス。」
「え、あ、」
「私はアイシアと申します。自己愛という呼び方をされていただいても構いません。あなたの名付けた呼び名が今日から私の名前です。」
「い、いや、それはちょっと…アイシア、でいいんだよな?」

きらきらと心の底からアンジェリカを尊敬していますと言わんばかりの瞳で見つめられて、しどろもどろになりながらそう問いかける。
全身全霊の好意はこの夢の世界に来てから初めてで、逆にどう反応すればいいのかわからない。戸惑っている間にアイシアはいじらしく手を握った。

「あなたに殺される日を、ずっと夢見ておりました。」

可憐な笑顔のままアイシアは笑う。
その言葉にアンジェリカは表情を強張らせるが、彼女はただ穏やかに微笑む。

「私を殺して、幸せになってください。」

今でも視線が怖かった。
自分を殺そうとする目が怖かった。でも。でも。でも。
それよりもずっと、殺せと笑うこの目が、恐ろしい。

「最初が私で良かった。これであなたは、誰も殺しません。いいえ、殺せません。」
「わ、わたしは…」
「さあ、アリス。私は生まれ落ちたその時から、とっくに覚悟はできております。」
「シスター・アイシア。」

そっとアンジェリカの肩を掴んで引き寄せて、ジーンはアイシアに向かって微笑む。

「申し訳ありません。アリスは長旅で疲れています。先に休ませてはもらえないでしょうか?」
「まあ、それは気がつかず、申し訳ございません!今すぐお部屋をご用意しますね。」

大変、と呟いてぱたぱたと教会へと戻る背中を見送って、アンジェリカはほっと息を吐く。
ようやく呼吸ができたような気持ちになれば、子供がじっと二人を見上げていることに気付いた。

「ユーリウス…だったよね?確か。」

ジーンが問いかけると、こくりとだけ頷く。
どうやらあまりしゃべらない子供らしい。ユーリウスは再び二人を見上げると、やがてぼそりと呟いた。

「…予想と違った。」
「え?」
「約束だからか?」
「そうだよ。」

約束。それはなんの話だろうと思ったが、ジーンは理解しているらしく困った笑顔を浮かべている。
だから少し、口を挟むのは躊躇われた。

「すべてはアリス次第…でも、アンジェリカは殺さないよ、誰も。」

力強くそう言えば、ユーリウスはしばらく考えるように彼を見つめて、それから興味を失ったのかぷいと無言のまま立ち去った。





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