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「っあーもう!つまらないかしらーっ!」

川の近くを歩いていて、パトリシアは突然そう叫んだ。
アンジェリカ達と別れた後も、ずっとアリスの情報を探して歩いていたパトリシアとハインリヒは、しばらくの間は前から魔物被害に遭っているという街を転々としていた。
アリスの影響を受けた結果である魔物を狙っていけばアリスに辿り着けるのでは、という考えであったが、それは外れたらしく情報すら全く入らない。

「パティは勇者だから、人助けは嬉しいけれど…肝心のアリス退治が出来なきゃ平和は訪れないかしら。」
「で、でも、アリスが来て暫くたつけど、まだ誰も殺してないよね。」
「それも不気味かしら!アリスはパティ達を魔物にして殺して世界を壊すはずだわ。なのに魔物も増えない。居てもそれは恐怖だったりとか、もう克服した後のような奴ばかり。意味がわからないかしら。」
〈人形が増える、みたいな異常とか異常気象だって存在してないみたいですしねぇ。噂のアリスとは大分違います。〉

パトリシアの腰にぶら下がったまま喋る人形の言葉に、ハインリヒもコクコクと頷く。
というより、彼女が気付いていないだけでハインリヒもチャックもアリスが誰なのか理解はしているのだが…パトリシアはアンジェリカを『ヒロイン』と呼ぶ程気に入ってるし、とそれを黙っている。
そうとは知らない彼女一人が、まだ見ぬアリスを思うのだ。

「本当にアリスはいるのかしら?」

自分達、この世界の創造主。
自分達を感情の一部として生み出し、いつだって『要らない』と魔物に変えて世界を滅ぼしてしまえる、魔王。
殺してやらなければならない存在。
殺して元の世界に帰してやらねばならない存在。

「わかんない。けど、殺すべき人なんて、誰もいないのかもね。」

ハインリヒの言葉が、やけにくっきり聞こえた。


その頃、アンジェリカとジーンは教会を後にして、再び街道を歩き出していた。
大分大通りから外れたこの街道は、先程から人はおろか魔物の姿さえ見えない。そんな場所をてくてくと歩いて、アンジェリカはふとジーンの背中を見る。
いつもアンジェリカを守ってくれる彼。
死ぬ以外で帰る方法を探してくれる彼。
そういえばその理由を、自分はあまりわかっていないのだという事に今更ながらに気付いた。

「ジーン。」
「なんだい?」
「その…」

言いかけて、止める。
確かに気になるが、それを聞くのは何故だか躊躇われるのだ。
それはジーンとクイラが穴に落ちて、単独で行動した時も思った事。
教会でアイシアの話を聞いた時も思った、越えてはいけない境界線を突き付けられたような、そんな躊躇いが込み上げて何かを問いかけることが出来ない。

「…わたしがここにいるのは、あの子がきっかけなんだろうか。」

だから、違う話をした。
大切なあの子の話。
一人で行動した後からずっとずっと、感じていた話。

「ここにいると、いつも考える。あの子と一緒だった時の事。何を見ても何をしていても、絶対、絶対…あの子が頭をよぎるんだ。」
「…その子との思い出を、アンジェリカは忘れないようにしているんだね。」
「でも、変な感じなんだ。それでも何かを忘れているような気がする。ずっと違和感があるんだ。」

一人になって、冷静になって、そうして感じた違和感。
アイシアに相談した後も、消えるどころかどんどん増えていった違和感。
わかったのだ。ジーンとクイラがどこを歩いて、どこへ行けば合流出来るのか。まるでそれを『知っている』かのように、自然に。
それだけではない。よく考えれば、ヴェルサスでも遺跡でも、自分の中にはいつだって何か余裕のようなものがあった。
絶対に大丈夫。
このタイミングだ。
そう、全て『知っている』

「わたしは何を忘れているのだろう。それにすら気付かないようなどうでもいい事なのかもしれないが…なんか、嫌なんだ。」
「忘れていい事なんて、無いよ。」

やけにはっきりと、ジーンは言った。
どこかいつもと違う、何か焦るような縋るような、そんな声。
そんな声で、ジーンはアンジェリカに言った。

「記憶を殺していい事なんて、どこにも。だからアンジェリカ、覚えていて。そう思ったという事を。覚えていてあげてくれ。ここに在る物はみんなみんな、君が思ったから生まれたんだ。だから…」

忘れないで。思い出して。
そんな祈りを込められた言葉に、何をと聞こうとして…急に、ジーンとの距離が大きく開いたような気がした。
ぐにゃりと歪む視界に、膝から力が抜けて行く。
慌ててジーンが伸ばして来た手も遠く、アンジェリカは…そこから、姿を消した。





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