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キィンキィンと金属の音が響く。
ウェンディアの握る刃がアンジェリカを執拗に追いかけ、掠め、息を付く間もない攻撃を繰り出してくる。
アンジェリカは必死に応戦するが、防御に徹する他に選択肢が見付からない。
「どうして鞘を抜かないのどうして!もっと足掻いてもっと切ってもっともっともっともっともっともっともっと!!」
重くて抜けないんだと言葉を返す事も出来ない。
彼女の一撃一撃が重く、腕がどんどん痺れていく。
そこには恐怖すら持つ暇もなく、ただ反射的に行動することしか出来ない。
ガキンと音を立てて、ウェンディアはようやく動きを止めた。
二人の間で刃を光らせ、チリチリと音を立てながらアンジェリカに顔を近付ける。
「もっとわたしを受け入れて。その身にわたしを刻ませて。ねぇアリス、わたしを愛して?」
「…っだったら、攻撃なんてしないでくれ…っ」
「いらないなんて言わないで。ねぇ。ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ!もっと遊びましょうよ!」
勢い良く蹴られて、思わず咳き込む。
彼女が高く笑うのが耳に入った。
暗く淀んだ空から雫が落ちてくる。
…これは、殺されるな。
何回ですむだろうか。
そう考えざるを得ない状況に、アンジェリカは強く桜月を握る。
「…死ぬの?」
静かに、声が聞こえた。
降り始めた雨の中で、ウェンディアがただ無表情にこちらを見ているのがわかる。
「そうやってあなたは何度死ぬのかしら。あなたを嫌うあなたに殺されて、あなたを壊したいあなたに殺される。…それって、あなたが望んだ事なのよ。」
「わ、たしが…?」
「ここはアンジェリカの世界。アンジェリカがアンジェリカを殺す世界。ねぇ、あなたは何回あなたを殺すの?」
ゆっくり、水音を立てながら彼女が近付いてくる。
雨が強くなって来た。
雨の中に殺気を含めて、彼女が近付いてくる。
…殺される。
殺される?誰に?彼女に?わたしに?世界に誰かにわたしにわたしに。
わたしに殺される。
アリスに、殺される。
「わたし以外の奴らになんて殺させない。わたしが殺す。だってわたしなんだもの。それ以外でなんて殺させるもんか!」
そう唸るように叫んで腕を振り上げるのを見て、アンジェリカは反射的にそこから逃げ出した。
怖い。怖い。怖い。
後ろから迫る気配から必死に逃げて、走って、走って、走って。
もうどうして逃げてるのかも何から逃げているのかもわからなくなる。背後で響く笑い声に耳をふさいで必死で、必死で、怖くて。怖くて。
夢中で駆け抜けて、そしてそこにたどり着いた。
大きな大きな、空を覆うほどの枝を広げた大樹。その根元。そこに花のように、大樹のそばに寄りそうように眠る、少女のもとに。
あれは、なに。
「やめて!」
悲鳴のような声が聞こえた。ウェンディアの声だ。
後ろから距離をとったまま、彼女が叫んでいる。
だがそんなことはどうでもよかった。
それよりも、目の前で眠る少女から目が離せなかった。
これは、なに。
「やめてアリス!アンジェリカを殺さないで!」
そこで眠るのは、アンジェリカだった。
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