35


ちらちらと視界に入る少年の影に、ジーンはまたかとそっと舌打ちをした。
いつ頃からか視界に入るようになったその少年の影は、たまに姿を現しては特に何をするでもなくいつの間にか消えてしまっている。追いかけようかとも思ったが、それは強く躊躇われた。
あれを見ては、ダメだ。
見つめてしまってはいけない。
見つかってしまっても、決して。
近づいてはいけない。
そんな警告が頭から発せられて、ジーンは努めてそれに気を配らないように頭を振った。
今はそんなことより、いなくなってしまったアンジェリカを探すほうがずっと大事だ。
突然消えた彼女はおそらく、誰かに召喚の形で呼ばれたのだと思う。あれは一種の空間移動の魔術だと自分の中の知識と照らし合わせて、ため息をつく。
空間移動の魔術は高等魔法の一種だ。それを使えるだけの存在がアンジェリカを呼んだのなら、彼女が今も無事でいるとは思えない。アリスの気配を探ってもかすかにしか感じることができないことからも、相当強い魔力を持っているのだろう。
なんとか彼女が尽きてしまう前に迎えに行ければいいのだけど、と自分の頬を軽く叩きながら探り歩く。

「あら、そこにいるのはジーンかしら。」

甲高い声に、ジーンはふとそちらに振り返った。
この声は聞きおぼえがある。まだアンジェリカと旅を始めた時に散々聞いた声だ。振り返れば思った通り、そこにいたのはパトリシアとハインリヒだった。
ジーンは静かに息を整えて、それから二人ににっこりと笑顔を向ける。

「やぁパティ、リィン。久しぶりだね。」
「は、はい、お久しぶりです。」
「アンジェはどこかしら?見当たらないけど。」
「アンジェリカは…捜索中なんだ。」

笑顔を苦笑に変えて、なんとかアンジェリカの魔力…というより、実際はアリスの気配なのだが…を探しているのだと彼は言った。
それから今までの事をかいつまんで説明すれば、パトリシアは意気揚々と身を乗り出す。

「だったらパティも手伝うかしら!アンジェはパティのヒロインだから、きっとパティが来るのを待っているのね。これは勇者の腕の見せどころかしらー!」

意気揚々とそう叫ぶ彼女をよそ見て、ハインリヒはこっそりとジーンに近付いて声を潜めた。
その表情には不安がありありと浮かんでおり、そういえばこの子はアンジェリカがアリスだとわかっていたんだよなと思い出す。

「あの…どうかしたんですか?」
「…何も。大丈夫だよ。」
「そうですか…」
「雨が降りそうだわ。早く見つけてあげなくちゃ!」

曇って来た空を指差す彼女に、二人は頷いて歩き出した。
図らずも、アンジェリカのいるあの瓦礫に向かって。





- 35 -

*前次#


ページ: