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一度距離をとって、一人と三人は向かい合う。
シェリラは兄の背中越しにアンジェリカを見つめて、ぐっと杖を握った。
退くつもりはないらしい。もう覚悟を決めてきたのだと、彼女の眼が何よりも雄弁に語っていた。

「アンジェリカさんは、正式にアリスとしての行動をなさったのですね。」

シェリラがそっと呟いた言葉はつまり、もう殺してしまったのだろうということだ。今までアンジェリカは誰も殺さなかった。だからアリスと知られても見逃してもらえていた。
だが、これは間違いなく、これから殺される事に理由をつけてしまったという事だ。
自分の中に渦巻く衝動と恐怖とが、彼女の手を僅かに震わせる。

「今、辛いだろ?どれ殺しちまったのか知らねーけどよ…強く騒ぐ感情と、殺しちまったっつー罪悪感。耐えらんねーよなぁ。逃げたくてたまらねーよなぁ?」
「大丈夫ですわ。押しつぶされそうになんてなりません。今すぐ楽にしてさしあげます。」

三人がそれぞれの武器を構えるのを見て、慌ててジーンが前に出た。
アンジェリカを隠すように腕を伸ばし、自分の妹を強く見据える。

「待て、シェル。確かにアンジェリカは正式にアリスになった。けど、それを乗り越えられないと決まったわけじゃない。」
「お兄さんよ、オレ達これでも約束を守ったつもりだぜ?」

代わりに答えた焔の言葉に、ジーンの体が小さく強張るのがわかる。

「アンジェリカさんの、『誰かを守りたいと願う』自分…みんなを守ってみせる、アリスが来たって、誰も死なせやしないと言ったあの方。愛する私にとって、他人なんかではなかったあの方との約束。お兄様も覚えているのでしょう?」
「…アリスすら守り通してほしい。」

苦々しく答える兄に、シェリラは満足そうに頷く。
アンジェリカはそれに、自分が『彼女』を守れなかった時の事を思い出す。
守れないなら、もう何も守りたいなんて思わなければいいと否定した、あの時を。

「そうです。あの方との約束を違えるつもりはありません。けれど…もう、無理ですわ。だって、アリスは殺人アリスになってしまいました。」
「でも、まだ…」
「そのガキにゃ無理だよ。そいつは否定しちまったんだから。守りたいと願ったそいつを。」
「…だったら、俺は君に剣を向けるよ、シェル。」

ジーンが静かに剣を抜く。
それでも尚、シェリラ達はひかない。
そしてアンジェリカの目の前で彼らは、地を蹴った。





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