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目の前で起こる戦いをただ呆然と眺めるのは、三回目だ。
一回目は、まだこの世界に迷い込んでしまったばかりの頃。
どうして人々に殺意を向けられるのか、どうして死なないのか、どうしてこんな場所にいるのか…何もわからなかった頃。
その時に繰り広げられたパトリシアとクイラの戦いは、恐怖でしかなかった。
二回目は、そのすぐ後の事。
ジーンと魔物の戦い。
ジーンがアンジェリカの傍にいると言った時の事。
その時は自分への失望感はあれど、何の不安も無かった。
そして、今。
今繰り広げられる戦いは、何故だかとても虚しかった。
そこにアンジェリカはいないのに、そこにあるのはやっぱりアンジェリカで。
自分は自分を守る事も理解する事も出来ないと改めて突き付けられたようで、ただ虚しかった。
「ボケッとなんかしてらんねーぜ?」
ジーン一人では、三人を相手にするのはやはり難しい。
儚とシェリラの攻撃を防ぐので精一杯だった。
その間に焔が一人アンジェリカに剣をむけて、まっすぐに見つめる。自分を。まぎれもない、自分を。
「押し殺さなきゃ生きられない。だからお前はきっと正しい。生きるために必要だから。これは…これはただの、オレたちの我が儘だ。」
愛さないから殺す価値も何もない。
殺されれば。十万の死を向かれば。そうしたら、自分の世界に帰れる?…帰れない。そう思う。
なりたかったのは、そんなものではないから。
アンジェリカは自分の前に立った焔を静かに見つめる。
「…君達はわたしのなんだ?」
静かに、問う。
君達はどのわたしなのかと。
それは自覚するという事だ。
だからそれを口にした彼女を焔はどこか驚いたように見て、それから静かに答える。
「…姫さんは『愛し抜く自分』儚は『自信が持てない自分』オレは…『逃げ出した自分』だ。」
嗚呼、やっぱりか、とアンジェリカは目を閉じた。
やっぱり、いた。
やっぱり、近くに存在していた。
「そうか、わたしは逃げたんだな。」
彼女から、自分から。
叫ぶ声から。
すべてから。
こうして自分の中に、逃げ込んだ自分が。
「感情はひとつでは成り立たない。オレ達もいくつかの感情と影響し合って生まれた。そんで…オレにも儚にも、姫さんは眩し過ぎる。本当なら、一緒になんかあるわけない。」
それでも一緒にいたかった。そうすることで自分自身を乗り越えられるような気がした。感情にだって、希望はあったのだ。
願っていた。幸福を。
「死んで現実で幸せになれよ。」
焔が振り下ろした剣を、アンジェリカは自分の刀で受け止めた。
一応彼もそれは予想していたらしい。それはそうだ。素直に殺されるのを待つのなら、もっと早くに死んでいた。
だから驚かない。静かに彼女の行動を見る。
静かに目を閉じたアンジェリカのことを。
「君がわたしであること。わたしは間違いなく逃げたことを、わたしは認めよう。」
持っていた桜月を持ち上げて、その鍔を紐でしっかりと括る。
簡単には抜けないように固定をして、アンジェリカは『鞘に納まった』桜月を焔に向けて構えた。
「認めたうえで、それを見ないふりすることにする。君の言った通り、押し殺して。」
「…へえ。それで、戦うのか?」
「ああ。覚悟を決めた。」
「死ぬ覚悟ってやつ?」
「いいや。」
首を振って、焔を見る。
しっかりと、向き合う。
何度も言われた言葉を、今度は自分が言う。
「ここは、わたしの世界だ。ここは、わたしだ。」
ここにあるすべてがアンジェリカで。この世界に生きるすべてがアンジェリカで。
ここまでわたしを生かしたのはわたしで、殺すのは、わたし。だからこれからも変わらない。この世界は。
「わたしを生かすのは、わたしだ。」
わたしはわたしとして生きるために。
「わたしは誰も殺さないし、殺させない。武器を取るのは、けじめだ。」
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