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急に態度を改めて刀を振りかざした彼女を、焔は不思議そうに眺める。
別に強くなったわけではない。
相変わらず攻撃力は低いし、ハッキリ言ってアンジェリカが焔に勝てる可能性など無いに等しい。
それでも突然、自ら向かってきた彼女が不思議でならなかった。
「どうしたんだよ急に。強がりか?」
「半分はそうだ。これもわたしの一部であることに変わりはないらしいからな。強がらないと怖くてたまらない。」
聞こえる金属音は、決して焔との間だけではない。
震える彼女の手からも聞こえてくる。
「怖いから。だから、わたしはここにいるんだ。」
逃げ出した自分。
現実から空想へ逃げ出した自分。
でも、それでもいいじゃないか。
逃げた自分から逃げなくたって、いいじゃないか。
逃げたんだ。それは本当なんだ。
彼女が作った幻想に、わたしは逃げたのだ。
「アン、また来てくれたの?」
桜月柊という女性がいた。
アンジェリカが刀につけた名前を持つ、彼女とそう変わらない年齢の少女。
彼女はアンジェリカの大切な友人だった。
両足が不自由で、更に病気も患っているらしい彼女は、わざわざアンジェリカの住む国まで手術に来たらしい。
そんな儚く弱い彼女を守りたいと思った。彼女の友達として、ずっと一緒にいたいとも思った。
治る見込みがないからと不安定になった彼女が、もう来るなと疳癪を起した時だってめげなかった。
女の子では守ることができないからとわざと男ぶったりしたのを咎められた事がある。せめて『わたし』という一人称にすれば、柊は少し不貞腐れながらも嬉しそうにはにかんだ。
「自分のいろんな感情がね、こんなところに閉じこもっているなーって言って攻撃してくるの。アリスはそれがとても怖かったけれど、でも旅をするうちに気づくのよ。ああ、ここは確かに自分の世界なんだって。」
「面白い話じゃないか。」
彼女はよく空想の話をしていた。
その日に聞いたのは、自分の夢の世界に迷い込んだ少女の話。
好きだからと自分を助けてくれる青年と自分を嫌う青年。勇者みたいになりたいと願いながら、臆病でしかいられない自分。
穴に落ちて、悩んで、泣いて、殺して、生かして。倒してしまったらその感情が自分の中に帰ってきて、どれだけ自分の中で大事なものだったのかを教えてくれる。
そうしてひとつずつ自分の中の素敵なものを見つけられるのよ、と話す彼女は楽しそうで、とても輝いていたのをアンジェリカは今でもはっきりと思い出せる。
「でしょう!それでね、アリスを帰すのは私なの。前にアンが私みたいになりたいって言ってたから、丁度いいかなって。あ、もうなりたくなかったら意味ないなぁ…」
「でもこれはデットエンドなんだな。殺されてしまうんだろう?」
「んー…そうね、アンはそう思うのかな…」
ふわりと微笑む柊が好きだった。
彼女が話す空想の物語が好きだった。
好きだった。愛した。前向きになれた。
なのに。
「柊…」
彼女の手術の日、アンジェリカは怖くて彼女に会いに行くのを止めた。
もしかしたら死んでしまうかもしれない。
そう思ったら怖くて、会いになんて行けなかった。
彼女から逃げ出した自信が無かった後ろ向きだった。
そして彼女は、死んでしまった。
「柊、柊、柊…!」
いらない。
もういらない。
守れなかったんだ。
もうそんな感情いらない。
「わたし、なんか、」
大嫌いに、なった。
「わたしは…あの子を、言い訳にしてここにいるんだな。」
焔の剣を受けとめながら、アンジェリカは静かにそう言葉を紡ぐ。
その表情はとても落ち着いていて、強い意志を込めていることに気付いて、焔は訝しげに眉を寄せた。
「わたしは弱虫だ。自分が嫌いで後ろ向きで、自信なんてなくて、あの時だって逃げ出して。」
「守れないならいらないと喚いて、こんな場所に来ちまった…ってか?」
「そうだ。わたしはそんな奴なんだ。」
弱くて臆病で、強がっても何も守れない、自分が大嫌いなそんな奴。
でも、生きていたいとも思う、そんな奴。
「いつかそれを認められたら、わたしはちゃんと帰れる気がする。」
だから、誰も殺さない!
そう叫ぶアンジェリカだが、焔にダメージを与える事なく彼の攻撃で桜月を手から離してしまう。
高い音を響かせて地面を滑る桜月を素早く拾って、焔はそれをアンジェリカに突き付ける。
彼女の必死の宣言よりも、最初から見えていた通り、アンジェリカの負けだった。
「…弱ぇよ、やっぱり。」
「…そうだな。」
静かに言葉を交わす。
泣きそうに笑っているのはどちらだろう。
焔はふにゃりと笑った。
「…ま、いいや。オレも弱虫だから、お前を殺せねーよ。」
殺さなきゃいけない今から、逃げたいもんな。
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