43


「我、水煙!」
「氷結翔閃!」

ジーンの前に立ち上った水柱を、冷気を纏った一撃でかき消す。そのままの勢いでシェリラとの距離を詰めるが、素早く走り込んできた儚がそれを阻んだ。
ジーンの剣を弾き、上段から振り下ろす。

「いかせない、崩翔斬月襲!」

地面を抉るような斬撃にジーンは思わず立ち止まって回避を試みるが、その隙に魔術が飛んで来ては大きくその場から後退した。

「…前会った時より、強くなったみたいだね。」
「不思議ですよね、アリスが向き合ってくれたからじゃないかな!」
「かもね。だが、甘い!」

斬撃から続く蹴りに、儚は上手く受け身を取れないまま突き飛ばされる。
…やはり、お兄様は強い。
シェリラは焦りながらもどこか誇らしげにそう思った。
いくら強い魔術を発動しようと彼は捕まらない。クイラの雷ほどスピードや範囲が、彼女にはまだないのだ。彼を捕らえるには、すべてが足りない。だから代わりに声を張り上げた。

「お兄様!どうして未だアリスを守るのですか!もう十分なはずです!」
「何が十分だ。アンジェリカはまだ、アンジェリカだ。殺す必要はない!」
「そんなにプリズムさんが忘れられないんですか!」
「魔物になってしまった時、私だって悲しかったです。だって、次は私じゃないですか。愛したことをなかったことにされてしまいそうで怖かった。それは今じゃなくても遠い未来、きっと訪れてしまうから!」
「それでも、もしかしたらって…だからしばらく…でももう、遅いのです。遅いんですよ、お兄様!」

そう言い放ちながら魔術を放つ。だがジーンはそれを読んでいたとばかりに前進して儚を突き飛ばした。
容赦なく腹をけり飛ばしたので、儚はぐえっとつぶれた声を出して悶絶する。思わず地面にうずくまった彼に逃すことなく剣の柄を叩き込んで気絶させる。
あとはシェリラだけだと視線をやれば、彼女はぐっと息をのむ。魔術師と剣士。どちらが有利かなんて考えなくてもわかる。それでも、ひけなかった。ひいてはいけなかった。

「…こわいんです。」

ぽつりと、言葉がこぼれる。
それはシェリラの声だ。彼女にしては少し気弱な声だ。小さな妹の声だ。
ぎゅっと杖を握りしめて、それでも戦闘態勢だけは解かないまま、彼女はつぶやく。

「なかったことにされてしまうのが。愛したことを間違いだったと思われてしまうのが。変わってしまうのが。忘れてしまうのが。怖い。怖いんです。」
「シェル。」

そっと名前を呼ぶ。それは兄のそれと変わらない、どこかやさしい響きをしっかりと持った声だった。
それでもジーンも、決して構えた武器をおろすことはしてなかった。

「俺がアンジェリカといたのは、プリズムのためだ。約束のために。迷っていたから。だからきっと、少しだけ…出会ってしまった。ぐちゃぐちゃだった。」

でも、と目を閉じる。もう一度、開ける。

「もう約束なんて関係ない。俺が守りたいって思ったから…自分も好きになってみたいって、思ったから!」

そう言うと同時に一歩を踏み出して、次の瞬間にはカァンと高い音を立てて杖を弾き飛ばし、シェリラの首もとに剣を突き付ける。
勝敗は決まった。
そう言いたげに妹を見て、それから兄は自虐的な笑みを浮かべた。

「…確かに、最初は殺そうかとも思ったけど。でもさ、アンジェリカは良い子だよ。少なくとも俺達が…アリスが思うほど、悪い子じゃない。」
「…だから、まだやり直せると?お兄様は酷いです。」
「酷いぐらいの想いだって、愛と変わらないよ、シェル。」

シェリラは答えない。
答えない代わりに静かにそこを離れ、地に落ちた自分の杖を拾い上げた。
黙って一連の動作を眺める兄に笑って、それからいつもよりずっと大きな魔法陣を浮かべる。

「兄妹喧嘩の、トドメをさしましょう。」

お互いに。そう。笑う。シェリラも、ジーンも、笑って武器を構えた。
しかたないなあ、と兄妹を見る目で笑う。

「…消えてもらう。」
「…さよならです。」

シェリラの周り眩いほどの光が集まり空へと伸び、いつしか強い強い太陽のようになって、いくつもの雨が降り注ぐ。
ジーンが素早く走って、彼女の周りを遮るように斬撃だけを残して行く。降り注ぐ光を反射して輝く刃はとても美しいのに、確かに傷つけるだけのものだ。痛くて痛くて、苦しくて、後悔して、泣いて、泣いて、それでも大切にしたくて捨ててしまいたくて、そんな、ぐちゃぐちゃの気持ち。美しいはずなのに醜い気持ち。
そんなものをこれからも持ち続けるくらいなら消えてしまいたかった。消してしまいたかった。でも。でも。でも。消してしまうのも痛くて。消さないのも痛くて。そう、ずっと、痛くて。
アリスが彼女に抱いた好意も愛も、美しいのに、痛い。

「我願う、瞬く終焉の星よ、我が声に耳を傾けたまえ。聖なる祈り永久に紡がれん、光あれ!終焉ノ瞬キ!」
「遍く刃よ、我が意志に従い敵を切り裂け!舞い散れ!刹華斬!」

倒れたのは、愛してた気持ちだった。




- 43 -

*前次#


ページ: