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「さて…」

ハインリヒが動けないパトリシアを引き摺るようにして離れた後、アンジェリカとジーンはクイラに向き直った。
律儀に武器に寄りかかるようにして待っていた彼は、待ってましたと姿勢を正す。そして高らかに言い放つ。

「待ってやったから浮気じゃないと、オレは高らかに言うぞ!」

一瞬、言いたい事がわからなかった。
どうしてそういう話になったのか、と考えて、それから「ああ」とジーンは納得したように手を叩く。クイラはさっきジーンが言ったセリフを気にしていたのだ。

「…そのネタはわざわざ引っ張るものなのか?」
「あいつ、冗談とかあんまり通じないからね…しつこいし。」

小さく苦笑。
冗談のつもりだったのだが、クイラは律儀に気にして遠慮したらしい。相変わらずだと肩をすくめた二人に、クイラはぶぉんと音を鳴らして長斧を突き付けた。

「アリス。お前今何回死んだ?と問いかける。」
「…記憶が正しいなら85634回だ。」
「正しくないよ。85637回だ。」
「ん?3回忘れてたか。どうにも数えてられないな…」

クイラとの戦闘、不注意、その他の理由で意識が途切れて無理やり起こされるあの感覚を思い出して、アンジェリカは無意識に顔をしかめる。
それでも今までやってきたのだ…あの少女以外は誰も殺さないままに。そんな彼女を知っているだろうに、クイラはそれでも武器を構えた。

「ならあと13653回…今日、今、殺しつくしてやると、オレは決めた。ギョロ!」
〈天駆ける天馬、愛しき白百合の乙女、気高き妖精の王よ…めんどいから3つ一気にどーん。〉

ギョロの周りに浮かんだ魔法陣が、それぞれの補助魔法の光をクイラに纏わせる。
突っ込んできたクイラを転がるように避けて二人も武器を構えれば、彼はどこか安心したように笑った。

クイラは強い。
ここに来た時からずっと、その強さは変わらない。
それはつまり、アンジェリカがそれだけ嫌悪しているのだと、前にジーンが言ったのを思い出す。
少女を殺した後、ジーンは様々な話をした…その内容がそれだ。
アンジェリカが思うから存在する。
君が思ったから生まれたんだよ。

(…柊。)
「円閃牙!」

長斧をぐるぐると回転させ、まるで両刃の武器のように斬りつけてくる。
相変わらずのスピードだ、とアンジェリカは大きく距離をとって、代わりにジーンが一気に距離を詰めた。脇まで来たジーンはそこから一気に斬りあげる。

「まだ甘い!翔華閃!」
「どっちが!我雷、雷神の鉄槌!」

回転させていた武器で上手くジーンの攻撃を防ぎ、更にそこに雷を落とす。
無駄の無い動きだ。今までとは違う、本気で今日の今、全てを片付けるつもりだ…そう肌で感じて、ジーンもぐるりと剣を回して柄で彼を殴る。突然の攻撃の変化に一瞬戸惑ったクイラの背後に、アンジェリカが跳んだ。

「わたしを忘れるな!葬姫刃!」

蹴りと共に振り下ろされた刀は相変わらず鞘に納まったままだったが、意識の逸れていたクイラはまともにくらった。
小さく呻きながらも始めてクイラにダメージを与えられたと僅かに緩んだアンジェリカの隙を彼は逃さず、すかさず早口に雷を唱える。

「我雷、零れ落ちる猛き雫!」
〈ちょっと倍増編。〉

ぼそりとギョロの付け足したような補助術が一気に雷を増大させアンジェリカを貫いた。
地面を転がりながら彼女は意識がぐらりとするのを感じて、慌てて強く桜月を握り締める。

「我雷、紫電の槌よ!」
「紅蓮光輪!」

続けて放たれた雷に炎をぶつけ、動けない彼女の代わりにジーンが前へ躍り出た。

「滅竜閃!」
「豪雷牙…雷牙招来!」

二人がかり…今まではそれでも、ジーンだけに注意を払っていれば、クイラが負ける事は無かった。
かつてはジーンの方が強かったかもしれない。
それでも、アリスがこの世界にやってきたということは彼女が自身を嫌っていると同義なのだから、彼は強く強くなれた。
だから、強くなったのだとわかる。
彼女が、強くなれたのだと。

「オレが厳しくなるとは思っていなかったと驚いている。」
「だろうね。俺もちょっと意外。だって実力的には同じなのにさ?」

チラリ、まだ余裕を残した顔でアンジェリカを見る。
肩で息をしているものの、彼女はまだ倒れてなどいなかった。

「…クイラ。わたしは確かにわたしが嫌いだ。柊の事だって覚えてる…だから、わたしはわたしに負けられないんだ。」

そうクイラを見る彼女に、クイラはどうしようもないほどの嫌悪感で、腹の底を擽るような感覚が生まれたことに奥歯を噛む。
嫌いだ。嫌いなんだ。
まるで自分を信じるような、好きになるような、守りたい事を決めたような、そんなバカみたいな自分が、嫌いなんだ。だってそんなことも忘れてこれから生きるのだから。大切だったものを大切じゃなくして、忘れて、嫌って、捨てて、そうして何事もなかったように日常に帰るんだ。彼女のことを忘れていくんだ。
ぎゅっと、クイラは自分の得物を握り締める。
バチバチと甲高く鳴る雷を帯びるそれを構える。

「それでも…お前が、望むから!だから殺してやるんだ、何度でも!」

ダンっと力強く地面を蹴って、雷を纏った長斧が勢い良く迫る。
その刃の行く先はアンジェリカだ。
だがアンジェリカは駆け寄ろうとしたジーンを手で制して、静かに呼吸をして…そして、桜月をその鞘から引き抜いた。

「森羅爆砕牙!」
「白夜乱壊葬刃!」

もう、わたしはわたしに負けないよ。




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