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モロにクイラの技をくらったアンジェリカは、一瞬意識を手放すもなんとかそこに踏みとどまる。
自分もダメージをくらったが、それはクイラも同じだ。ふらりと足元が覚束ない様子で傾くが、すぐに震える体を誤魔化すように長斧を振るった。

「っらぁ!」
「っ!?」

だが先ほどまでと比べれば格段に遅い。
それだけで彼の体力がほとんど尽きていることがわかる…それでも彼は、もはやヤケになったと思えるほど乱暴に長斧を振るい続ける。
ボロボロなのに、と、これ以上攻撃すれば最悪殺してしまうと、アンジェリカは反撃出来ず防御に専念せざるを得ない。
アリスだけが、彼らを殺せるのだから。

「おい、クイラ…」
「まだ、まだだと、オレは武器をにぎ、る…!」

この頃になると、治る者と治らない者の差がはっきりわかるようになる。
アンジェリカの傷は治り、もう体も辛くなどないが、逆にクイラの動きはどんどん鈍くなっていく。
さすがにいけないと、クイラを止めて傷を治そうと今まで黙っていたジーンが手を伸ばした。

「クイラ、それじゃお前が、」
「うるさいぞジーン!」

ジーンの手を振り払った拍子に、クイラの頭からギョロが滑り落ちる。彼は何も言わず、ただただ自分の分岐点であるクイラとアリスを見上げる。
クイラはなれなかった自分を見ず、アリスを睨む。

「オレが、アリスを…!願うから、だから…っ」

ついに長斧を振るうのは辛くなったのか、カランと乾いた音を立てて長斧が彼の手から滑り落ちる。
ふらついた体はアンジェリカへと傾き、自分より小さな彼女の首に手をかける。アンジェリカはそれを振り切ることはせず、ただクイラをじっと見る。彼女の首を締めたかったのであろうそれには、ほとんど力が無い。
それが自分でもわかるのか、それとももっと違う理由なのか。クイラは悔しそうに表情を歪めて、吐き出すように言った。


「アリスは、アンジェリカを嫌わないでくれ…!」


「…え…」
「アンジェリカは…意外に、良い奴だ。中にはジーンとあの女がいる。だからオレは嫌いだ。だけど…だから、嫌わないで、くれと、はぁ…言う…自分は、自分がいくらでもっ嫌うし殺すから!」

クイラの言いたい事がわからなかった。
あんなにも『アリス』を殺そうとした彼が『アンジェリカ』を嫌わないでと願うなんて、滑稽だとも思った。
それでも彼は何度も何度もそれを繰り返し口にして、ずるずると体から力が抜けていく。
ジーンは何もしない。
何も出来なかった。

ずっと待ってた。アリスのことを、ずっと。この世界にこなければいいと願いながら、早く来ないかなと待っていた。どんな人なのだろう。自分を生み出したアリスは、何を見て自分を嫌って、何を見て好きになって、何を見て自分たちを生み出したのだろう。ずっとずっと気になっていて、ずっとずっと会いたかった。
強くなるのはうれしかった。アリスにとって、自分がどれだけ大事な感情なのかがわかるから。それでも強くなるたびに悲しくなった。どんどん自分が嫌いになって、自分を捨ててしまいたくなって、殺したくなって、嫌になってしまったら、ここにきてしまうから。殺さないといけないから。

そんなことしか考えられない自分が、大嫌いだ。
嫌うことしかできない自分が大嫌いだ。
自分のことも理解できない自分が大嫌いだ。
誰かを救うことも守ることもできない自分が大嫌いだ。
無責任に前向きな自分が大嫌いだ。
後ろ向きなことしか考えられない自分が大嫌いだ。
それでも好きになってしまう自分が大嫌いだ。
たくさんのことを捨てられる自分が。
たくさんのことを忘れられる自分が。
アリスが、大嫌いだ。

「代わりに、オレが…嫌うから…」

そうやって全部、嫌うから。だから少しでいい。少しだけ、アンジェリカのことを。
嫌いだなんて、思わないで。




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