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緑がかった柔らかな光が、地面に寝そべるクイラを包む。じんわりと塞がっていく傷に、彼の顔色も良くなって行くがまだ目を覚まさない。
治療するジーンの傍らに座るギョロも何も言わずにそこにいた。
軽い足音が聞こえて、それがやがてたくさんの野花をクイラの上に落とす。
彼の周りには色とりどりの野花が添えられてあり、少しだけ棺を思い出させたがジーンは特に何も言わず、おずおずと自分を見るアンジェリカに笑いかけた。

「ジーン、その…」
「大丈夫。死なないよ。」
「そ、そうか。」
「起きたら一杯の花だね。」
「前に言われたからな。どうせなら両手いっぱいに持って来いと。」

かつて一輪の野花を差し出した時に言われた言葉を復唱して、アンジェリカは僅かに表情を緩めた。
それから一つ深呼吸をして、ジーンの隣のギョロを抱き上げた。

「わたし、帰るよ。君は帰り道を知らないか?」
〈めんどいからやりたくない。〉
「頼むよ。わたしはちゃんと、わたしにならなくてはいけないんだ。」

人形は願いである妖精と同義…そう、殺してしまった少女が言っていたのを思い出して言えば、ギョロは否定しない。否定しないまま、ぐてんと腕を持ち上げた。同時に魔法陣が浮かび上がって、一つずつ時間をかけるように扉を作り上げていく。
恐らく彼女の願いを聞き届けてくれたのだろう。ほっとしたアンジェリカにジーンもゆっくり目を閉じると、それからまたいつものように柔らかく笑った。

「アンジェリカ。最後に俺と軽く戦わない?」

ギョロによって作られた扉の前で、アンジェリカとジーンは向かい合う。
扉自体は特に装飾が施されているわけではないが、3つ並んで浮かび上がっている魔法陣は七色に輝いていて美しい。

〈真っ直ぐ進む。次の扉…あー説明めんどい。後は自分で考えて。〉
「なかなか酷いな。」

軽く肩をすくめて、アンジェリカはそっと魔法陣に触れてから桜月を構えた。ジーンも剣を構えて、その刀身を打ち付ける。
カンカンと、少し間抜けな音が響く。
ジーンもアンジェリカも、武器を鞘から抜いてはいない。殺し合うのではなく、扉が完全に開くまでの暇つぶし…じゃれあい、簡単な儀式のようなつもりなのだから…必要なのは刃ではないのだ。
だからアンジェリカも、穏やかな気持ちで剣を交える。

「アンジェリカ。この場所は、君にとってどうだった?」
「奇妙だった。わたしの為とわたしを殺そうとしたり、嫌いだと言ったのにわたしを嫌いになるなと言ったり。」
「クイラはいろいろと言葉が足りないからね…俺も、最初は君を殺したかった。」

ぴくり、一瞬アンジェリカの動きが止まるが、すぐにジーンの顔を見て動きだす。
彼は穏やかに笑っていた。
怖いくらい穏やかに、だが優しい笑顔で。

「君が誰かを守りたいと願った事を拒絶しただろう?それで魔物になってしまった人を見て、すごく…嫌だった。それでも自分でいたくなんてなかった。お世辞にも君を守りきれたと言えないのがアレだけどさ。俺はきっと、君を通して自分を守りたかっただけなんだ。」

守りたいと願った自分。
きっとそれを否定したのは、まるで意味がなかったから。
そう自分を一つ否定するごとに、アンジェリカは自分を殺したのだ。
僅かに音を立てて開き始める扉に、自然と体が強張る。それを誤魔化すように、少し離れた所で眠るクイラを見て…そして、小さく息を吐いた。

「…もっと早くに話せれば、もっと早く帰れたんだな。」
「いいじゃないか。そうして成長出来たって思えばさ。」
「そうだな。後ろ向きになるのは偶にでいいもんな…わたしが帰ったら、みんなはどうなるんだ?」
「…何も。何も変わらないさ。アンジェリカがアンジェリカでいるなら。」

暫くの間、アンジェリカはそこに立ち尽くす。
…一つの感情だけじゃ、生きられない。
拒絶しないで生きるのは難しいだろう。
それでも最後にちゃんと、向き合えるなら。
もう一度、始められるなら。捨ててしまったものも忘れてしまったものも、いつかまた、ふとした時にでも思い出せたなら。
君が生きる限りは、ずっと一緒。
だから忘れないで。
忘れないで。
忘れないで。
忘れないで、今日のこと。今日見た夢のこと。
ふと、彼と旅した日々を思い出す。彼はいつもアンジェリカに気を遣ってくれていて、時には叱りもしてくれた。最初に出会ったのが彼でどれだけ幸せだったことか。

「ジーン。」

名前を呼ぶ。
それからアンジェリカは精一杯の…だが少し不格好な笑顔を向けた。

「ありがとう。」

そこに込められた感謝以外の意味も伝わっただろうか。
わからないけれど、ジーンはようやく力を抜けるとばかりに緩やかに目を細める。

「…こちらこそ。」

カン、響くように刃が鳴って、そして。
扉が開く。
さあ、さよならだ。

「行って来ます、わたし。」

そして一歩を踏み出した。



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