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扉の向こうは真っ白だった。
どこを見ても。どこへ走っても。どこに手を伸ばしても。平衡感覚を失ってしまいそうなほど真っ白な空間。アンジェリカはひたすらにその中を走り、ひたすらに扉を探した。
もう帰る時間だ。
もう、夢から覚める時間だ。
ジーン、パトリシア、ハインリヒ、シェリラ、焔、儚、少女、そしてクイラ。彼らの顔が声が今更浮かんできて、嗚呼自分の中にはどれだけ素敵なものがあったのだと息を切らす。
でもこれは夢だ。彼女が語った夢を、自分で再現してしまったもの。
大嫌いだった。今も、まだ嫌いだ。
それでも白い道を走る。迷うことなく、ただひたすらに前に前に。自分がいた世界に向かって。まだこれから生きていく世界に向かって。壁も何も見えないのに、まるで迷路みたいに感じる道を進む。そんな場所を走るのが嫌いだった。走らなきゃいけないことが嫌いだった。いつもどうしたらいいかわからなくて泣いていて、そして自分を嫌うことしかできなかったけれど。

「あ…」

すっと、アンジェリカを誘うように光が浮かぶ。それは妖精の光で間違いないと確信していた。なぜかはわからないけれど、でも、ここはまだ、アンジェリカの世界だから。
その光を追いかけていけば、やがて長い螺旋階段が姿を現す。それはどこまでもどこまでも続いていたけれど、アンジェリカはそれをそっと登り始めた。
目覚めるように。帰るように。長い長い階段を登りきるまで、アンジェリカは足を止めなかった。
登りきって、扉が見えて、その手前にポツンと存在する白い病室のベッドが見えて、そこに上半身を起こして眠る少女…桜月柊を見て、やっと、止まる。

「…たどり着くのは、ここか…」

そう呟いた声には、不思議と驚きも戸惑いも無かった。
アンジェリカにとって柊は、いつだって特別だったから。アンジェリカがアンジェリカに向き合うというのは、柊の事に向き合うのと同じなのだと、理解していた。
だからアンジェリカは数度深呼吸をして、もし本当に出会ったら言おうと思っていた言葉達を声にする。

「…ごめん、柊。わたしは君をずっと、言い訳に使ってしまったみたいだ。」

君がいるから幸せだった。
君がいないから悲しかった。

「でも、一緒にいて楽しかったのは本当。逃げ出してしまった事を後悔したのも本当だ。だから…」

だから、笑った。
君のおかげで手に入れた笑顔で、笑った。

「柊。ごめん、ありがとう。それから…さよならだ。」

す、と柊の横を通り過ぎて、再び走ろうと歩調を早める。
柊と別れた世界へと走る。
遠くに扉が見えてきた。
病室のそれに似た扉に手を伸ばして、それを開く。

「…大好き。」

そう後ろから微かに聞こえた気がして、開いた扉を跨ぐ前に止まる。
だが、アンジェリカは振り返ることなく、扉をくぐった。

「うん…わたしは、愛してた。」





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