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はじめまして。この手紙を読むあなたは、一体どこのどちら様なのでしょう。今日の天気はどうですか。世界はどうなっているでしょうか。あなたの隣には誰がいますか。あなたはあなたを大事にすることができていますか。もしも、あなたが少しでも幸せになっていてくれたらと、思います。
突然ですが、私の懺悔を聞いてください。いいえ、聞かなくてもいいです。そっと聞き流して、読み流してくださって構いません。読まずに捨ててしまっても構いません。ただ、私に懺悔する機会をください。
本当はこんな自分なんか大嫌いだったのです。自由にならない自分が。いつも苦しくて泣いてしまいそうで、でも何も変えられないことが大嫌いだったのです。こんな私にでも優しくしてくれた友達に八つ当たりして、ひどいことを言った時もありました。何人かの友達はそのまま離れてしまいましたし、一生懸命だった子だって疲れてしまったと言っていなくなりました。寂しかったし、どうしてとまた喚いたりしましたけど、まあ、当然ですよね。もう追いすがることはしませんでした。
そうですね、たぶん、性格の悪い子だったんです。知ってましたよ。ただ、直そうと努力することをあきらめていただけで。他の誰よりも、自分自身がとっとと死ねばいいのにって思っていました。それでも、やっぱり、最後までいてくれた子もいて。彼女が居たから、私の中のいろんなものが生きていられたのだと思います。
でもきっと手術の時には来ないのだと思います。あの子は臆病だから。そして気に病んで生きていくのでしょう。あの子は真面目だから。忘れてしまえばいいのに忘れたくないって泣くのかもしれません。笑っちゃいますね。私はまったく気にしていないのに。
ごめんね。私だけ一人、もう思い残すことないの。あなたがこれからどう苦しもうと私はどうだっていいの。忘れてくれて構わない。なかったことにして構わない。だって今までもそうやって捨ててきたもの。そんな自分が嫌いだったけど、でも、やっぱりそんな自分に救われていたの。
ごめん。楽しかったから、もう幸せだよ。
ごめん。笑っていいよ。泣いていいよ。
忘れて、捨てて、なくしてしまっていいよ。
ただ、笑ってくれる世界だったらいいな。
「…柊。」
静かな墓の前で、アンジェリカはそっと墓石に刻まれた名前を呼んだ。
目を覚ましてみると、アンジェリカは市内の病院のベッドの中にいた。一晩ほどしか経ってなくて、あれは本当にただの夢だったのだと嫌でも自覚した。
世界は変わらない。何も変わらない。それでも確かに、違っていた。
「夢の中とは言え、もう、言いたいことは言ってしまったんだよな…ならどうしたの、と言われそうだが、本当の君にも逢いたかったんだ。最後に。ちゃんと。向き合おうって、思って。」
両手いっぱいの花束を持って、今まで行くことができなかった彼女の墓の前にたたずむ。どれだけ彼女の支えになれたかはわからなかったし、結局最後に一緒にいてあげることもできなかったけれど。最期まで泣けなかったこの人は、やっぱりアンジェリカにとって大切な人だったのだ。
愛しい、人だった。
「う、うう…うあ、あ…」
慣れてないから、大声でなんて泣けなかった。こんな小ぢんまりとしてしまった彼女に零れる涙は、やっぱりアンジェリカだから。泣くことなんて、うまくできない。それでも泣いて、泣いて。
泣いて。
泣いて。
泣いて。
…泣いて。
いつの間にかうずくまってしまっていた体を起して乱暴に涙をぬぐう。ずびっと鼻をすすって、ポケットから鋏を取り出した。それはどこにでもあるような鋏だったけれど、夢の中で手にした刀のようにしっかりと持って。そして、二つに結んでいた髪の毛の片方を切る。
左右非対称になった髪を解いて、編みこんでいく。
「わたしは今でもわたしが嫌いだし、臆病で駄目なやつだと思っている。でもそれと同じくらい、何かを好きになったり誰かを好きになったり、自分や誰かを守ろうと思える自分が好きだとも思っている。」
左右で長さの違う三つ編み。青いリボン。夢の中を思わせるそれを風になびかせて彼女は眼を閉じる。すうっと息を吸い込んで、そして、穏やかに。
「ここはもう現実で、夢の中ではないけれど。ここで生きることに怖気づいたりもしているけれど。それでも、『アンジェリカ』として生きられることを誇りに思うよ。今までの自分を否定するつもりもない。今までの自分があったから、彼女を好きになったから。だから『アンジェリカ』は『アンジェリカ』になったのだから。」
だからこれは、覚悟。
だからこれは、けじめ。
だからこれは、決意。
花束をあなたとわたしに。
さあ、ここから始めるよ。
「おはよう、アンジェリカ。」
追記。私の考えたお話は、みんなハッピーエンドなんですよ。
fin
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