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「…最初っからずっと、言ってんじゃねーか。」
ポツリ、呟く。
空を仰いでいたアルヴァートは、ゆっくりとシェントに視線を動かす。
「ラルドはただのガキだ。ちょっと臆病で人見知りで、そのくせ好奇心は人並みにある、可愛い可愛いガキンチョだよ。」
ゆっくり、立ち上がる彼にシェントは何もしない。
ただただその様子を剣を突き付けながら眺めて…そうしているだけ。
アルヴァートも、立ち上がるだけで攻撃はしない。
構えようともしない。
そうして立ち上がった彼は、ニカッと、いつものように笑ってみせた。
「んでもって俺を幸せにしてくれる奴であって、かつ俺が幸せにしてやる奴だ。」
ーールミナリエがみんなを幸せにするんなら、代わりにおじさまがルミナリエを幸せにしてやるよ。
「それは、どっちかが死ぬまで変わらねーんだ。」
ーー最後まで幸せな子供でいたいんです。
重なる言葉に、シェントは「は、」と目を見開く。
頭を過ぎる笑顔に泣きそうになる。
シェントはぐっと剣を握ってそれを堪えると、強気に笑った。
強気に笑って…床を蹴った。
「…だったら守ってみせな。とっととねじ伏せて貫いてみせなぁ!」
強く振り下ろされた剣を防ぐように受け流して、カウンターの要領で肘を打ち込む。
一瞬だけふらつくも、シェントはそのまま頭突きをかましてそれを攻撃に繋ぎ、切り上げる。
二人の間を舞ったアルヴァートの赤い布切れ。
に、と笑ったのは、果たしてどちらが先だったか。
「上等!海賊ってなぁ、テメェの守りたいもん守るためならなんだってやるんだぜ!」
至近距離で撃ち、掠め、上段から振り下ろされ、擦り、払う、払う、斬る、撃つ。
再び繰り返されるそれはどこか心地よい。
勝てばいい。
それだけで正義だ。
それは簡潔で、とても単純な方法。
ガキンと鳴る金属音が、確実に刻まれる傷が、まるで自分の生き方そのもののようだから。
だから二人は自分の得物を意識を持って振り回す。
「ッハァ!軍人だって同じだぁ!だからいつだって対立してんだろぉ!」
「こっちは宝ぁ目の前にして逃げる奴だっていねぇよ!」
ーーあんたの父ちゃんはなぁ、ただ不器用なだけじゃったんよ。
ーールミナリエから、伝言。頼まれた事の二つ目。
確かに自分に向けられた好意があった。
人伝に聞かされる、想いがあった。
それに耳を塞いだのは誰だった?
ぶつかる度に過ぎていく声が、表情が、仕草が。
記憶が声を上げて叫び声を上げる。
「だったらもっと向かって来いよ!それともそんな程度かぁ?」
ーーいい。知りたくない。もう何も聞きたくない。
「バーカ!こんなんじゃあ手ぇ抜きすぎで後悔しか残んねえよ!」
ーーあの人も、確かにあんたを愛しとったよ。
「じゃあこっちももうちょい本気出すかぁ!」
ーーおじさま。ルミナリエは幸せです。
本当に?本当にそうだった?
あの幸福の子供に幸せを与える事が、自分は本当に出来ていたのだろうか。
シェントにはもうわからない。
アルヴァートにはようやくわかった。
だからこれからも共に海の上を生くのだと…弾を、撃った。
シェントの手から、剣が弾け落ちる。
再び銃口がシェントを捉える。
「…バイバイ。」
ーーおじさま。
最後に過ぎる表情は、やはり笑顔。
嗚呼、そうだな。
そうだったな。
いつもお前は、笑っていたな。
笑顔で繋がっていたな。
「…ルナ。」
君は確かに、“幸福”だった。