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ごぼり、吐き出された酸素が泡となり目に見える形で浮かび上がる。
鼻に入った海水はツンとした痛みを与え、口の中に海独特のあの塩辛さを残す。
嗚呼、まずい。
アルヴァートはのんびりとそう思った。
ズクリと痛むのは、今し方アーリアに撃たれた場所だけではない。
先程のシェントとの戦いで出来た切り傷や連行された時の傷が、体中で悲鳴をあげている。
痛くて、上手く動かせない。
いつもなら大したことない水の抵抗がやけに重くて、上へ上っていく事が出来ない。
その事にどうしようもない焦りが浮かぶのに、何故だか不思議と何もする気にはなれなかった。
このまま沈むならそれもいい。
みんなが無事だった。
願い事は叶った。
もう、いいのではないか?
(…青の、底に。)
還るのも、いいかもしれない。
ザバン、どこかで強く水しぶきが上がったような気がした。
ゆらゆらと揺らぐ光の中に、小さな影が浮かぶ。
こちらに真っ直ぐ向かってくるそれは、やがてしっかりと腕を伸ばしてアルヴァートに触れようとする。
…ラルドだ。
水が痛くて上手く開かないのか、薄目の状態で泳いで来たのは、あの愛しい子供だった。
ぐ、と手を捕まれて、彼が安心したような表情を浮かべたのを見る。
浮上しようとする姿に、ぼんやりとかつてアーリアが言った言葉を思い出した。
(人魚、とかそのまんまだな。)
溺れる人間を助けた人魚。
そうだ、彼はやっぱり、幸福の子供だ。
こうして人を助ける、翼を持った子。
グイッと、アルヴァートはラルドを強く抱き寄せて、力強く腕を動かした。
もう痛くなんてない。
いたがるのは船に戻ってからで十分だ。
帰る場所がそこにある。
二人一緒に海面に向かって泳いで行く。
深海には落ちない。
再びあの青の底へ、泳いで行く。
青い空と、青い海の、青い世界の底へ。