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寝そべって、ただ空を仰ぐ。

負けてしまったなぁ、とぼんやり思うだけの彼は、体中がだるくて動く気にもならない。
だが心はどこか満たされたような気がしていて、シェントは少し複雑な気分になる。


「…少将。」


ゆっくりと声をかけられて、視線だけをそちらに向ける。

瓦礫から救出されたらしいアーリアと、彼女に肩を貸すオシリスがそこにいた。


「…ホルスは?」

「死にました。」

「そうかぁ。」


一番に嫌みを言いに来ただろうに、なんてわざとらしく笑みを浮かべる。

嗚呼、良かった。
みんないつも通り。
オシリスはアーリア以外に笑ってたまるかと、無表情でシェントに報告をしてくる。


「見張り組は全員負傷。死亡したのはホルス公爵のみ。海上部隊も上手いこと逃げられたらしく、大尉も今引き返しているところです。」

「…あとでどやされるがぁ、まあこっちに死者がいないなら良かったかぁ。」

「私は結局、後悔をしてしまいました。」


息を吐いたシェントを遮るように、アーリアがそう言葉を吐き出した。

相変わらずそこに表情を浮かべてはいなかったが、どこか悔しそうな声色で空を仰ぎ見る。


「出会わなければと、後悔をしました。でも…こうして生きた事は、後悔していないんです。」


そうして、一人懺悔のように言葉を並べた彼女は少しだけ気弱に笑って…そうして一言、付け加えた。


「あなたの前髪、意外と好きですよ。あなたが曲がろうとしない証なのでしょう?」

「お前のそういうとこ、意外と好きだったぜぇ。決して曲がろうとしない。頑張ったじゃねぇかぁ。」


笑って、お別れ。
今までに、さようなら。

そのままアーリアはオシリスに連れられて奥へと歩いて行った。
自分もそろそろ動いて傷の治療をしなくては…と思うのだが、億劫で堪らない。

さてどうしたものか、と考えていれば、不意に目の前に影が出来た。

エルトゥリが覗き込んでいるのだ。
律儀にしゃがみ込んで、シェントの額を撫でる。


「シェント。無事?」

「ああ。エルは?」

「自分は無事。」

「そうか。」

「うん。」

「なぁ、エルトゥリ。」

「なに。」

「教えてほしいんだ。」


単調な会話。
その終わりに用意された質問が、ルミナリエの伝言について問うているのだと、エルトゥリはすぐに理解した。

彼が自分からそれを聞くなんて、と表情に出さないながらも驚いて、だがすぐにエルトゥリは帽子を脱ぐ。

ぽすり、シェントの顔が隠れるように帽子を置いて、言葉を紡いだ。


「…おじさまはルミナリエの幸せでした。どうかこれから、おじさまも幸せでありますように。」


嗚呼、シェントの中で、何かが溢れようと膨れ上がった気がした。
嗚呼、嗚呼、そうか。彼女はちゃんと幸せだったか。
自分は彼女の幸せになれたのか。

彼女の最期に間に合わなかった事が悔しかった。
自分はなんて愚かで無力なんだと自分を責めた。

良かった。
それでも、少しでも君の笑顔になれていたのなら、良かった。
良かった。


「…そうかぁ。」


すっきりと、ずっとつかえていた物が取れて、せき止めていた水が溢れ出す。
自分で上手く止められないそれは、だがエルトゥリの帽子によって見えない。

見えない手と手が、ようやく繋がったような気がした。