115

幸せなんて、自分の手の届かない場所にあるのだと思っていた。

深海を生きる魚が太陽を知らないように、自分の知らない場所にあるのだと。

そう、思っていたんだ。



「逃げ切り祝いだ野郎どもー!」


カタリーナの雄叫びに近いそれを合図に、野太い歓声があがる。

少し前よりも傷の増えた船の上で、なんとか無事に海軍から逃げ切ったと宴が始まったのだ。

もちろん酒も入り、各々のテンションは自然と上がって行く。


「坊主ー!よくやったぞー!」

「てゆうかヴェルディさんいっそ盗賊になりゃあええんでないか?」

「嫌やわー、ちょっと拝借しただけで盗賊呼ばわりとか止めてぇよ。」

「すいやせーん!」


当然、ヴェルディ一人が先に帰るわけもなく、彼女も交えて大きな笑い声が上がる。


「おらおらディランん、お前も飲めよう。」

「リナ、オレがかなりの下戸らって知ってるくせに…」

「っせぇ!一人だけオヤジ達と打ち合わせしたみたいに余裕ぶりやがって!」

「の、ノイズ〜ろうにかして〜」

「リーナちゃん、これもひとえに愛の」

「愛の力とか言ったらお前の右足に力一杯注がれた酒を力一杯ぶつけてやる。」

「…ほら、なんだかんだディランが生まれた頃からの付き合いですから…」


すっかり出来上がったカタリーナに絡まれて涙目のディランに、彼を助けようとして逆に睨まれるライノルズ。

みんな普段のノリを取り戻したらしく、あの能天気な空気が流れて心地良い。

それを少し遠くから見ていたアルヴァートは満足に笑った。
てとてと、近寄って来たラルドにも、いつも通りに頭を撫でてやる。


「アルヴァート。」

「ん?どうした?」

「えっと…」


かなり慣れたラルドも、まだ上手く喋れない事もあるようで。
それがなんだか堪らなく愛しくて、彼の中の勇気が固まるのを待ってやる。

この時間ももうじき無くなるのかなぁと思うと、ラルドはもう少し臆病なままでも良かったかと考えてしまうのは、アルヴァートが重度の親バカになった証拠だろう。

やがてラルドは決心したようにぐっと目を閉じて、アルヴァートを見た。


「…ありがとう。」

「え?」

「おれを拾ってくれて。また帰ってきてくれて。」


ずっとずっと、言いたかった事。
いつか、誰かに言えたらと願っていた事。


「…千年は、手放さないでくれるんでしょ?」


ぎゅっと、手を握ったラルドに、アルヴァートは静かに静かに笑って…彼の帽子のリボンごと、その頬に手を当てた。


「千年じゃ、きかないかもな。」



「船長ー!ヴェルディさん送ったら次はどこ行きやすー!?」

「はいはーい!オリはカノベールに食べ歩き行きたいでーす!」

「いや今度こそベラハルチ!」


楽しそうな声が聞こえる。
大好きな笑顔がそこに沢山ある。

アルヴァートはよいしょとラルドを抱き上げて、そしてまたニカッと笑った。


「バカヤロー、全部行くに決まってんだろーが!」


青の底を、どこまでも行こう。
幸せは、ここにある。
ずっとずっと、傍にある。