18
「…こんな所で会うとか、運わりぃなぁ。」
わざとらしく笑ってため息をつく。
彼女達の領海であるキルライシエ領とここベレン領はそれなりに距離がある。
だから油断していた、と改めて私服の彼女から距離を取ろうとしていれば、はあと大きくため息をつかれる。
鬱陶しげに顔にかかる髪をどかして、アルヴァートを睨んだ。
「本当ですね。私、今日休みなので武器も拘束具も何もないじゃないですか。」
「だったら見逃してくれんのか?」
「そうなりますね。」
あっさりと返された言葉に思わず目を見張ってしまう。
てっきり問答無用で切りかかって来るかと構えていただけに拍子抜けだ。
「今日はあの子もいないみたいですし。それとももう見限ったんですかね。」
「んなわけあるか。」
小さく舌を出して、立ち去ろうと足早に歩き出す。
早くラルドを見つけなければ。
そう走り出そうとした辺りで、アーリアの酷く落ち着いた声がアルヴァートを呼び止めた。
なんとなく立ち止まって、彼女の声に耳を傾けてみる。
「あなたは幸福の子供がどういうものなのか、ちゃんと理解していますか?」
「…どういう意味。」
「そのままです。“幸福”と呼ばれる彼らの事、理解して傍に置いているんですか?」
真っ直ぐに向けられる視線。
真っ直ぐに突き付けられる言葉。
何もかも知っているわけではないし、むしろ知らない事の方が多い。なんてことは最初から理解している。
だからアルヴァートは、迷うことなく真っ直ぐ言葉を返した。
「知らねえし興味ねえ。んな迷信めいた事なんかラルドには関係ねえし、俺にだってねえよ。」
それだけ言って踵を返す。
少し先にラルドのあの青い服が見えて、アルヴァートは自然と笑みを浮かべた。
ラルドも気付いたのか少し気まずそうにしながらもこちらに向かって歩いて来る。
「…あの子は諦めている。終わりを待っている。あなたといるのを恐れている。」
ぽつりぽつり、アーリアが呟く言葉は背を向けた彼には届いていない。
けれど、こちらに向かって歩いてくる幼子には、聞こえなくとも伝わった。
彼女が纏う空気に、動く唇に、暗い瞳に、言わんとしていることがありありと映しだされているから。
「だって、あなたの事もいつか殺してしまうかもしれないから。」
だから、思わず。
思わず彼は、彼の手が届く直前。
あの全てを恐れるように顔を歪めて、そこから逃げ出した。