19
勢い余ってアルヴァート達とはぐれた事を、ラルドは後悔するべきなのかすら悩んでいた。
彼らから逃げるべきだとも思っていると同時に、彼らなら大丈夫な気もしてきていたから。
だからアーリアの言わんとしていることに気付いて、思わず逃げ出した。
認めるのが、今更怖くなったから。
「捕まえた!」
だが簡単に走るラルドを後ろから抱き止めて、アルヴァートはラルドごと地面に座り込む。
「ったく、いきなり居なくなって心配したぞ。」
大げさにため息をついてみせる彼に、だがラルドは無反応だ。
俯いて、大人しくその腕の中に収まっている。
「ラルド?」
「…なんで、追いかけるんだよ。」
ぼそり、呟いた。
「おれ、今まで何人もの人、死なせて来たんだ。おれのせいで、たくさんの人が死んだんだ。誰にも幸せを与えられないで、追い詰めて追い詰めてそれで死なせてしまったんだ。」
ドンと、アルヴァートの胸を叩く。
ぼそりぼそりと呟いた言葉はやがてせき止めていた水のように次から次へと溢れ出てきて、あの日、アルヴァートの怪我の手当てをしていた時よりずっと感情的に言葉を並び立てていく。
止まらない。
叩く手も、言葉も。
「だからお前も死にたくないなら構うなよよ!要らないって言え!お前なんか要らないって突き放せよ!バカじゃないのか?おれは、おれは…っ!」
ぎゅうぅ、と服を握り締めて、絞り出すように叫ぶ。
ぽたぽたと零れる涙に気付いて、アルヴァートは何も言わない。
「おれは、幸福でもなんでもないのに…幸福だなんて、呼ぶなよ…」
そう、小さく叫んだ彼に、何も言わずに空を見た。
相変わらず青い空。
波に揺れるこの地面の下の海よりずっとずっと青い空。
アルヴァートは一つ目を閉じて、ぱちんとラルドの頬を叩いた。
グイと顔を上げさせて真っ直ぐに見る。
「ラルド。今から俺が言う言葉に返事しろ。まず、おはよう。」
突然の言葉が理解出来ず困惑していると、彼は再び同じ言葉を繰り返した。
それに、ラルドも恐る恐る言葉を返してみる。
「…おはよう?」
「行って来ます。」
「…行ってらっしゃい。」
「ただいま。」
「おかえり。」
「いただきます。」
「ごちそうさま。」
「おやすみ。」
「おやすみなさい。」
意味がわからないまま話を進めて、言葉を繋げていく。
やがてアルヴァートはラルドの頭を撫でるようにして彼をそっと抱き締める。
「俺、こうやって会話出来るの嬉しいよ。お前が反応してくれると楽しい。もっと色んな表情を見たいと思うし、泣き虫なお前も好きだと思う。でろでろに甘やかしてやりたいし、一緒にいて、幸せだ。」
それは、甘ったるい言葉。
ラルドの言葉を優しく否定して甘い何かに浸して引き上げるような、そんな言葉。
「幸福の子供だとか関係ねえよ。俺はラルドを拾ったんだ。ラルドを俺の物にしたんだ。せっかく手にした物を、死んだくらいで手放すかよ。」
何度も不安になるなら、何度でも言ってあげる。
何度も言えるくらい、傍で生きていてあげる。
手放してなんか、やらない。
「そうだな、あと千年くらいは手放してなんかやんねぇよ。」
「…あんた、バカだ。」
はたりはたり、肩が濡れる感触に、アルヴァートは再びその小さな頭を撫でた。
自分は取ってしまったあの花冠を未だに乗せている頭は柔らかく、暖かい。
ぎゅっと、小さな腕が彼の背中に回るのを感じる。
「バカだよ。」
そう呟いた彼は、一体どんな表情をしているのだろう。
泣いていても構わない。構わないから、どうかこれからは笑顔に変わっていきますようにと、アルヴァートは笑った。
「そっか。」
いつものように、笑った。