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「どうするんだいアヴァン!こんな可愛い子連れてきてまさか手込めにする気かいそれならアタシも手伝うよ可愛いし。」
「落ち着きなよカタリーナ。船長に君みたいなショタとかペドの気は無かったはずだよ。確かに子供好きでお菓子は配ってたけど。」
「お菓子あげるだけじゃ物足りなくなったとでも!?つかアタシはただ可愛い子が好きなだけだよ一緒にすんなこのクラゲ野郎!」
結局自分の船に戻るタイミングを失いそう怒鳴るカタリーナに、アルヴァートは耳に小指を突っ込みながら少年を下ろした。
貴族の船には似つかわしくないほど所々汚れている青い服。
ぐったりと意識を手放している少年は、この船の持ち主であるホルスという貴族が抱えていたのだ。
それは単純に彼にとって大切な子供だったからかもしれないが、それならこんな薄汚れた服は着せないだろう。
逃げる際の汚れとはまた違う感じがしたから、アルヴァートは彼を拾ったのだ。
「別にそういう趣味云々じゃなくて…」
「大丈夫、アヴァン坊やにそっちの気があったとしても僕らの愛は変わらないよ。」
「だから違うっつの!ただ、この船の持ち主のおっさんが抱えてたんだよ。」
ガシガシと頭を掻く表情は確かに嘘をついているようには見えない。
それは二人もわかっているようだが、だからこそ理解出来ないのだろう。
彼は今まで捨てる事はあっても拾う事はしなかったのだから。
「ホルスのおっさんの方にそっちの気があったっていうのかい船長は?」
「少なくとも俺には無い。さすがに子供まで殺すのも…って思ったらなんか拾っちまったどうしよう。」
真顔で問うてくるアルヴァートに、カタリーナは全身でため息をついた。
ライノルズがひょいと少年の体を調べ始めたのを後目に、再び船長に向き直る。
その姿はもう船長と船員ではなく、ただの物を拾ってきた子供とその母親だ。
「船長、アタシらいつも言ってんだろ?責任持てないんだから犬猫拾ってくんなってさ。」
「ディランは歓迎してくれるだろ。」
「ディランも犬猫とそう変わらないからだろ。この少年は違うだろ全然。」
「じゃあこいつを元の場所に捨てて来いってか?船長は俺だっつの。」
「ねぇ船長ー。」
だんだんと熱が上がって来ていた二人の会話をライノルズは間延びした声で止めて、ひょいひょいと少年の背中を指さした。
それに二人は一回口論を止め、その声に耳を傾ける。
「ひょっとしたらこの子、“幸福の子供”なんじゃない?」
「幸福の子供?」
「ほら。背中の痣。こういう痣を持った子は“幸福の子供”とか言って、周りの人を幸せにするだとかなんとかって話があったはずだよ。」
言われて服を捲り上げられて丸見えとなった背中を見れば、なるほど確かに、そこには翼のような形をした痣が広がっていた。
これが天使のようだと連想するのは仕方ないなとひっそりとアルヴァートは思う。
実際はただのそれっぽいだけの痣で、こんなものにそんな効果があるだなんて事はかけらも思ってはいないのだが。
「ふぅん、幸福の子供ねぇ…俺達に船が襲われた時点で随分と不幸だけどな。」
「…で、結局どうするんだい?この子。ちゃんと面倒見れんの?」
「そうだなぁ…」
今までも船員として人を連れて行った事はあったが、こうして子供を拾うなんて事は初めてだ。
適当に港町に運んでもいいが、そこまでしてやるのもなぁなんて思う。
子供は嫌いではないが、別にそこまで面倒見のいい人間ではないのだ。
ふと、悩んでいれば、少年が小さく身じろぎをした。
ライノルズが再び彼を縁に寄りかからせると、うっすらと瞼を開ける。
小さく唇を震わせた彼に、アルヴァートはそっと顔を近付けた。
「…」
「ん、どうしたガキんちょ。」
唇まで耳を持って行って、なんとか音を拾おうとする。
随分疲れているらしい。
ほとんど吐息に混じりのそれに、アルヴァートはピクリと動きを止めた。
「はやく、おわらせて…」
くてり、それだけを呟いて、少年は再び意識を手放した。
終わらせて。
その言葉を呟いた意味など、当然わからない。わかるはずもない。
だがアルヴァートは黙り込んですぐ近くの少年の顔を真っ直ぐに見た。
眠っているからではなく気絶しているからなのか、決して安らかとは言えない表情。
そこに何かを見たような気がして…アルヴァートは、それを口にした。
「よし、こいつ俺の物にしよう。」
「は?」
「カタリーナ、ライノルズ、このガキんちょ連れて帰るぞ。」
ひょいと少年を両手で抱き上げたアルヴァートに、カタリーナはもちろんライノルズもパチパチと目を瞬かせた。
その間にも彼はずんずんと歩き、船の縁に足を乗せる。
「え、船長まじ?」
「マジだな。」
終わらせて。
耳元で自分だけが聞いた言葉を思い出し、アルヴァートはバカらしいと笑みを浮かべた。
こんな幼い子供が何を言っているのかと。
空と海しかない世界を眺め、自分の親愛なる部下達に不敵に笑ってみせた。
「あんな事言われたら、逆にこれでもかってくらい甘やかして幸せに浸して、終わるのが怖くなるようにしてやりたいって思っちまうだろ?」
だから俺の物にする。
そう笑って、アルヴァートは自分の船に向かって足に力を込めた。