3
息苦しかった。
それでも怖いから走った。
深い深い海の底のような圧迫感。笑い声。嘆く声。詰る声。言葉。
たくさんの言葉が降ってくる。
でもどれも最低だ。苦しい。
みんなが自分を蔑むような目で見てくるのが怖くて走って、走って走って走って。
転んでも誰も助けてくれない。
だって、だってもう。
ぐ、と、誰かが自分の首を絞める。
苦しい。
ごめんなさい。
怖い。
恐い。
こわい…!
「ーーっ!」
ぱちっと、彼は勢い良く瞳を開いた。
ハアッと荒い呼吸を繰り返して、自分を濡らす不快な冷や汗を拭う。
バクバクと鳴る鼓動がなんだか痛くて、少年は長く息を吐いた。
「…あ、起きた。」
「!」
声をかけられて、少年は大きく体を跳ねさせた。
バッと体にかけられていた布団を抱き締めて、声のした扉を見る。
「ねぇ、センチョ呼んれ来てセンチョ。あの子起きた。」
扉の外に向かってそう話してから、少年に向き直ってにっこりと笑う。
朗らかな印象を与えるその男は、彼を怖がらせないようにゆっくりと優しく話しかけた。
「はじめまして。オレはり…り、で、ディランって言うんら。」
随分と滑舌の悪い男だ。
ダ行の発音が出来ないのか、自分の名前すらたどたどしく口にする。
ずり落ちた大きな眼鏡を直しながら、すとんと少年がいるベッドの脇にある椅子に座った。
「気絶してたんらけろ…ちゃんとわかる?意識はっきりしてる?」
「っ!」
目の前に翳された手の平に、ビクッと体を震わせて後ろに後退りする。
明らかに浮かんだ拒絶と恐怖の色に、ディランはきょとんとしてからひらひらと手を振った。
それは敵意が無いよという彼なりのアピールだったが、少年は未だに体をガタガタと震わせたままだ。
余程酷い目にでもあったのだろうか。
それとも人見知りなのだろうか。
うーんと考えているとバタバタという荒々しい足音が響いて、扉がバァンと音をたてて開かれた。
「おい!目覚めたって本当か!?」
「あ、センチョ。」
勢い良く入ってきたアルヴァートはディランと少年とを確認して、そのままぎゅむっと少年を抱き締めた。
「良かった良かった!ちゃんと生きてるな!」
「…!?…!…!?」
突然の抱擁に少年は体を強ばらせたが、アルヴァートはそれに気付きつつも気にする事なく彼を膝に乗せてわしゃわしゃと頭を撫で回す。
明らかに混乱している少年の額に自分のそれを合わせてニカッと笑ってみせる彼にディランも何か言おうとするが、まあ無駄かとすぐに諦めた。
「いいか?今日からお前はこの俺の物だ。つまりはこの船の仲間ってわけ。わかったな?」
「…ひ、や…っ」
「大丈夫だ。」
意味がわからず怯えたようにアルヴァートを押しのけようとした小さな手を掴んで、ぐいとそれを引き寄せる。
自然と密着した体にますます体を固くしたが、それでもアルヴァートは優しく…けれどその中に確かな強い意志とを混ぜて笑った。
スッとまるで涙を拭うように頬を撫でて、力強い響きで言葉を紡ぐ。
「俺は、守りてぇと思ったら最後まで守り通すぜ?」
聞こえるのは波の音。
見えるのは強く眩しい、陽の光。