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「ツィーツィラ大佐。」


穏やかな淡い朝の光。それに照らされた廊下を歩く事は、アーリアの数少ない趣味の一つだったりする。
彼女にとって何物にも変えられない記憶と酷似したこの景色。静かな時間。

今日も仕事を頑張ろうと思った矢先に太い声で呼び止められて、アーリアは無表情に足を止めた。

振り向いた先に立つのは、そろそろ初老に入りそうな男だ。
アーリアはわざとらしく顔に笑みを張り付ける。


「これはホルス様。私に何かご用でしょうか?」

「ラルドはまだ保護出来ていないのか。」


簡潔に問い掛けて来たのは彼の甥の船にいたはずの幸福の子供の事だ。

慈善貴族フォルキシア・ホルスの甥が海賊に襲われ、共に乗船していた保護した子供が居なくなってしまった。

それがここキルライシエ領の見解である。

だが明らかに前提部分は“保護”ではなく誘拐だろうよと心中で吐き捨てて、アーリアは頭を下げた。


「…申し訳ありません。AAAの船にいる事は突き止めたのですが、肝心の彼らが見つかっていないもので。」

「言い訳か。君は本当に言い訳が好きだなツィーツィラ大佐。儂は早くあの子供が欲しいのだ。」

「申し訳ありません。」

「海賊狩りの遊びもほどほどにして、そろそろ本腰を入れてくれたまえよ。元々君には期待しているんだ。」


ポンと肩を叩いて歩き去ったフォルキシアを見送って、アーリアは無表情に剣を抜いた。
そのまま床に勢い良く突き刺して、横に凪ぎ払う。


「あ、姉さま見つけたー…って何やってるんですか!?」


床に明らかな八つ当たりをする上司の姿を見て、やってきたオシリスはサーッと顔を青ざめた。

慌てて彼女に怪我が無いか確認しようとして刃を向けられ、彼女が相当イライラしていることに唾を飲んだ。


「、別に。なんでもありませんよ。」

「明らかにご立腹な様子なんですけど…」

「そんなことより仕事です。あのクソオヤジが五月蝿いので、人魚の保護を最重要視してください。」

「あ、はい!了解です。では“アレ”については次点で考えていいんですね?」

「…悔しいですがね。」

「姉さまはどちらへ?」

「海賊狩りもほどほどにと、言われましたから。」


だから海賊狩りに行って来ますと言外に宣言した彼女に、オシリスは苦笑を漏らす。

だが止める事はせず、足早に歩き出した彼女を見送った。


「…了解です。いってらっしゃい姉さま。」