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「いやー、しっかし驚いちゃったよねぇ。」


のどかに広がる空を見上げて、ライノルズはのんびりと大きくのびをする。

胸一杯に広がる潮の匂い。
今にも溶けてしまいそうな水平線の青。
ピィピィと鳴く水鳥たち。

のどかだ。
のどかだから、そう、船も動かない。


「まさか途中で船が壊れるなんてね。」


ふぅ、と暗いため息がもれる。

目の前の床は抜けており、下の階が良く見えるようになってしまっていた。
現在修理中だが、あちこちガタが来ていたらしく航海不能になり、今はベレン領のアイヤレの街に緊急着港しているところだ。

修理の補修材料を買いに行ったりそのお金を集めに行ったりと船員達がこの乗船区と呼ばれるアイヤレを走り回る中で、ライノルズは街を覗くラルドの隣でわざとらしく愚痴を零してみる。

それを聞かせる相手はもちろんラルド…ではなく、床を覗き込むカタリーナだ。


「しかもお金無い時にとかさ。」

「うっさいな。暗にアタシを責めるなよ。」

「だってほとんどリーナちゃんが使ってるんだもん。」

「アタシだけじゃないよ、船長もだ。むしろ船長のが罪は重い。」

「だから今金稼がしに行かせてるんでしょーリーナちゃんと違って。」

「アタシはアンタのお守りだよ。」


言葉を投げやって、カタリーナはガシガシと頭を掻く。

この船では船を襲ったり害獣駆除などをして稼いだ金銭は、ほとんど食料と船の修理代で消える。
食料はともかく修理代を使う事は少ないのだからあまり金銭を使わない方なのだが、いかんせん、お人好しな姉御肌の女性がこの船にはいるのだ。

貴族を徹底的に嫌う代わりに貧困層には甘い彼女は、基本的に目の前で困られてしまうとホイホイ世話を焼いてしまう。
やれあの婆さんの医療費だやれ今日のご飯だで使い込む彼女に、金銭のほとんどを使われている。

まあそれはアルヴァートにも言える事らしいのだが。


そんな話をするライノルズをじっと見上げて、ラルドはひとつ首を傾げた。

ライノルズも働かない、と。

船を襲う時も今も、基本的に彼は全く動かない。
普段も力仕事はせず、料理や治療でしか歩いている姿さえあまり見かけない。

その疑問に気付いたのだろうか。
ライノルズはひとつ苦笑して、ガシガシとラルドの頭を撫でた。


「僕はちょっと、体の右側があんまり動いてくれなくってさ。だからいつも非戦闘員やってんの。」

「左目の視力も低いだろ。」


その言葉に、だからあの時彼は追いかけて来なかったのかと納得する。
動かない体ではラルドを追いかける事が出来ない。
だから以前、アーリアに捕まりかけたのだと。

その後からだ。
ラルドの中にアルヴァートという存在が居座るようになったのは。
彼に憧れるようになったのは。

信じたくないのに信じたくなる。
そんな彼みたいになりたいと思った。
自分にも何か出来ればいいのに、と。


「全く、二人とも変に人がいいから…あれ?」

「どうしたんだい?」

「…ラル坊がいない。」

「は?」


そして街を見下ろした彼は、ライノルズが次に見た時にはすでにそこからいなくなっていたのである。