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「は?ラルドがいなくなった?」


わざわざ海の中を通って船に戻って来た中で、一番に聞いた言葉にアルヴァートは素っ頓狂な声を上げた。

目の前ではライノルズとカタリーナがなんともいえない笑顔を張り付けている。


「ちょっと目を離したらね…ラル坊も随分と素早くなったものだよ。」

「んなこと言ってる場合か。確実に街にはいると思うんだ。アタシが探しに出ていいよな?」


ぎゅうと絞った髪からは水が滴って、ぺたりと張り付いた衣服を撫でる潮風が気持ち良い。
彼としては乱暴だが汗を洗い流すつもりで海に入ったのだが、ついでに「びしょびしょ〜」とラルドで遊ぶつもりだったので少し拍子抜けである。

髪をかきあげて空を見上げる。
まっさらな青は、セトゥーナの空と何も変わらない。
変わらない。


「うーん…やっぱり簡単には消えてなくならないだよなぁ。」


一度目を閉じて、そしてニカッと笑う。
アルヴァートは二人に向き直って、そうして濡れた服の上からコートを羽織った。


「ちゃんと、見つけてやらねぇとな。」




「ありがとうね、坊ちゃん。」


一方、船内の様子を全く知らない当人のラルドは、かなり高齢の人の良さそうな女性にそう頭を撫でられていた。

街を見下ろした彼は、転んで荷物をバラバラと落としてしまった老婦人のもとへ駆け出していたのだ。
荷物を拾って家まで半分持って行ったラルドは、少しこそばゆい思いを抱きながら船までの道を戻る。


「…アイツみたいに、出来たかな。」


ぽつり、呟いた言葉の向こうに、いつも自分にありったけの笑顔を向けるあの船長の姿が浮かぶ。
こちらの警戒心を一つ一つ解いて、こらえた涙も零れさせて笑顔にしてしまうようなあの優しい手。

彼のようになれただろうか。
彼のように、あの老婦人を助けられただろうかとぼんやり考える。

なれたらいい。なれたらいいのに。


「ぼくって、運は良い方だと思ってたんですよね。」


突然、まだ声変わりしたてといった若い声が降ってきた。
見上げれば、無理やりな三つ編みをした一人の青年…軍服の青年が、数人の軍人と共にそこにいた。

彼はにっこりと笑う。


「こんにちは、幸福の子供様。ぼくはオシリス。ホルス…というより、姉さまのお願いで君を“保護”しに来ました。」


願いというのは、叶わない。