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キルライシエ領の海軍は、ベレン領ではあまり派手に動けない。
だが運良くラルドを“保護”したオシリスという軍人は彼に縄をぐるぐると巻くと、自分の船の上で満足そうに笑った。

じっと見つめる顔には見覚えがある。
前に、あのアーリアという軍人を迎えに来た奴だと冷静に考えて、ラルドは震えそうな体をなんとか落ち着かせようとする。


「さて、これで姉さまの機嫌が良くなるといいんだけどなー…いや、機嫌悪い姉さまもなかなか…」


ブツブツと呟く彼から視線を外して空を見上げる。
船を降りた時にはまだ高かった陽は沈んでしまっており、ぽっかりと月が浮かんでいる。

早く帰らないと、きっと心配をかけるだろう。特にディランにはまたキツく怒られてしまう。
あの船長も、きっと…


(…帰る?)


ふと、自分の考えた事にラルドは首を傾げた。
自然に考えてしまった事。
今まで存在しなかった物。


(どこへ、帰るの。)

「…君は幸福の子供らしくないって聞いてたけど、普通の子供らしくもないな。」


サラリ、髪を撫でられてビクリとオシリスを見上げる。
彼は無表情にラルドを見つめて、彼を通して別の何かに話し掛けているようだった。


「“そういうの”はぼくも好きじゃないけど…でも、だから…幸福でいる必要なんてどこにもないよね。」


どこか沈んだ声に、じくりと背中の痣が疼くような気がする。
先程まで自信に満ちた笑顔だったのが、酷く寂しい物に変わる。

…幸福でなんか、いたくない。
だって、自分はただの子供で、誰かを幸せになんか出来やしないのだから。


「たった一人を、幸せに出来たら。」


それで、十分なのに。


「軍曹殿!出航準備出来ました。」

「よし、ではなるべく早くライクに合流しましょう。」

「はっ!」

「…君の迎えは来ないみたいだね。まぁ所詮はちっぽけ海賊ってことか。」


仲間の声にガラリと雰囲気を変えたオシリスは、少し残念そうにラルドを見た。
完全に舐めきった顔だ。

だがその余裕そうな顔は次の瞬間にスッと形を潜めた。


「あんまり海賊舐めんなよ、ガキ。」


ガチャリ、オシリスの耳元で銃を構える音がする。

彼の背後…ラルドから見えるその場所に、双銃を構えたカタリーナの姿があった。
続けて聞こえた小さな呻き声と何かが倒れる音。

見ればそこには、先程からずっと脳裏によぎる、あの男の姿があった。
彼はニッと口角を上げて笑みを作る。


「どーも、ちっぽけな海賊らしく強奪しに来ましたよっと。」