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小さな歌が聞こえてくる。
か細い声。だがそれは穏やかな音色で自分を優しく包もうとしてくれている。

ゆったりとした曲調はどこかで聞いた事があるような気がして、アルヴァートは微睡みの中うっすらと目を開けた。


「沈んでく海に 夕焼けの光」


小さな影が、自分が眠るベッドに腰掛け足をぶらつかせているのが見えた。

歌っているのはきっと彼だろう。
曲調こそ違うが歌詞はいつか、彼に歌った歌だ。
まだぼんやりとした頭で、その幼子の名前を呼ぶ。


「君と僕とでほら 世界だから」

「…ラルド?」

「!」


ビクリと肩を震わせてアルヴァートに振り返った彼は、ひたりとその小さな手をアルヴァートの額にくっつけた。
それから自分の額にも手を当てて、むむむと眉を寄せる。

どうやら熱を計っているらしい。
そういえば熱を出して倒れたんだよとディランが怒っていたと、眠る前の事をのんびりと思い出した。


「…本当だ、寝たら治ってる。」


ディランが言ってた通りだと呟きながら、ラルドはその手を引っ込めた。

そういえばラルドから服以外の部分を触ってくるのは初めてだなと気付いて、なんとなくその手を引き止めてみる。

引き止めて頬に手を持って行くアルヴァートを戸惑ったように見るラルドに、彼はニッと笑った。


「お前の手冷たいな。平温だけど気持ち良いや。」

「うざい。」

「むぅ…ところでさっきの歌、ラルドか?」


ぺしっと頬を軽く叩いて離れていった手にそう問えば、ラルドはかぁっと顔を染めた。
どうやら恥ずかしかったらしい。

ついと目を逸らして、それからもごもごと理由を話し出す。
…話してくれるのだから、随分と慣れてくれたんだなと、ひっそりと嬉しくなった事は内緒である。


「う…あんたが歌ってたの、歌詞もリズムもめちゃくちゃだったから、その…ほ、本当はこういう歌なんだからな。」

「そういう歌だったんだな。思い浮かんだまんまに歌ってたから知らなかった。な、もう一回歌ってくれよ。」

「や。」

「えー」


歌ってくれよーとベッドの上を大人気なくゴロゴロと転がれば、予想通り「大人気ない」と言われた。

ちぇと言えば、ラルドは数拍置いてぼそぼそと何事かを呟く。


「あ、あんたが歌った方が、ずっと楽しいだろ…」


顔を真っ赤にして必死に目を逸らす様は可愛らしく、アルヴァートはそれを聞いて思わずラルドをじっと見つめた。


「お前ガチで可愛いな。」

「なにそれ意味わかんない。」


即答。
即答だった、のだけれど。


「…意味、わかんない。」


二度目にその言葉を紡いだラルドは、とても穏やかに笑っていた。
照れくさそうに嬉しそうに、柔らかく。


「…初めて笑った。」

「え、」

「なんだ、やっぱり笑った方が可愛いじゃねーか!ほらもっかいもっかい!」

「や、や!」


思わずガシッとラルドの両頬を掴んできたアルヴァートに、ラルドは慌てて逃げ出そうとする。
しかしもちろん力で勝てるわけもなく、バタバタと頬を抓られながらも暴れてた。

その音を聞いてやって来たディランに怒られるまで、あと数秒。