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ディランがやって来たため、ラルドはアルヴァートの部屋からそっと抜け出た。
扉に寄りかかって、先ほどまで抓られていた頬をそっと触ってみる。

まだ微かに痛みとぬくもりとを持ったそこは子供特有の柔らかさを持ち、そういえば久しぶりに触ったとひそかに感動する。


(笑って喜ばれたのなんて、初めてだ。)


そもそも周りの大人達は、ラルドに“幸福”を求めるだけで笑顔を求めたりしなかった。
そして望んだ幸福を与えないと気付いたと同時に彼を見なくなり…死んだ。

いつもいつも。
それは事故だったり事件だったり偶然だったり、様々な理由で。
様々な方法でみんな死んだ。死なせた。


(あんたも死ぬのかな。おれを置いて、死んでしまうのかな。)


ぼんやり、この海賊はどうやってあの手を離すのだろうと考える。

あの暖かい手もいつか離れてしまう?
それとも本当に、千年のように感じられるくらい共に生きてくれる?


(…そうだったら、いい?)


このまま死なないで生きてくれたら。
一緒にいてくれたら。この船の上にいられたら。

そしたら幸せだ。
それ以外何も要らないくらい幸せだ。
誰よりも何よりも、きっときっと幸せだ。
幸福にするのではなく幸福になるのか、なんて思いながら扉に向き直る。
もう一度笑ってみる。


「…あ…り、がとう。」


いつかちゃんと、伝えられるだろうか?