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「ねぇアヴァン船長。あの坊やはどうしてるんだい?」


次はどこの海を巡ろうかと話し合っている途中でカタリーナがそう問いかけた。

その様子は純粋に心配しているらしい。
最初は反対した彼女だが、もともと可愛い物が好きなのでなんだかんだで気になっているようだ。

そんな彼女にライノルズは一度フッと笑ってから、よよよとワザとしなを作った。


「聞いてリーナちゃん!あの子僕の愛を受け入れてくれないの!」

「飯も食わずに引きこもってんだよ。」


しかし、アルヴァートに残念そうな声で冷静に説明され、カタリーナはライノルズに目もくれず言葉を返した。


「飯も食わずにって…拾ってもう5日じゃない、大丈夫なの?」

「勿論らめらよ…お水は飲んでくれてるみたいなんらけろ…」

「色々試してみたんだけどねぇ。会話すらしてくれないよ。」


誰も反応を返さないので仕方なしに真面目にそう返しながら、ペラペラと海図をいじる。

どうやらあの少年は本格的に他者を遮断しているらしい。
話し掛けても怯えたり悲鳴は漏らすものの声は出さず、食べ物も口にせず、あの部屋の隅から動こうともしない。
無理やり食べさせようともしたらしいが、それも失敗に終わったらしい。

ディランとライノルズからそれを真顔で聞いていたカタリーナは一つ息をつくと、どこか深刻そうに額に手を当てた。


「…無理やり食べさせる様を想像してなんだか地味に興奮してきた自分に腹立ってきたわ…」

「わーリーナちゃんてばサイテー。」

「サイテー。」

「…よし、こうなったら仕方ないな。」


突然ガタリと音を立てて立ち上がり、そのままカツカツと部屋の外に出て行くアルヴァートに三人は首を傾げ、その後ろに続いた。

彼は真っ直ぐに少年がいる部屋…普段は怪我人専用に使っているそこの扉に向かい、勢い良く開け放つ。

そしてその音にびっくりした少年のいる部屋の隅にどっかりと座った。


「っ!?」

「今日から俺も断食大会だ!」

「は?」


自信満々にそう宣言した彼に、隣にうずくまる少年はもちろんカタリーナ達も素っ頓狂な声を上げる。

だが彼は胡座をかいたままいつもより少し偉そうに一人頷く。


「こいつが食べるまで俺も食べない。」

「ちょっと船長、何言って…」

「わかったよ船長。」


それに何かを感じたのだろうか。

コトリ、小さく音を立ててライノルズが二人の前にサンドイッチの乗った皿を置く。
そして、自分はそのまま力強く宣言した。


「今日の僕らは肉を食べよう!」

「ちくしょうテメェここぞとばかりに俺の好物を!」


海の上では当然ながら肉を手に入れる機会は少ない。
よって食べる機会も少なく、当然肉類は貴重で豪華な食事となる。

それが嫌いだという人間はこの船には存在しない。
もちろんアルヴァートもだ。
そしてカタリーナもディランも当然好きであり、ライノルズの言葉に嬉しそうに頬を染めた。


「まじで?やーりぃ!アタシそろそろ肉食べたかったんだー。」

「センチョがいないならいっぱい食べれる!やったぁ!」

「お、お前ら、」

「じゃ、頑張ってねアヴァン船長。」

「いたらきますセンチョ。」

「ごちそうさま船長。」


にっこり、約一名からは確実に嫌がらせの念が込められた笑顔を向けられて、アルヴァートはぐっと押し黙る。

三人が出て行って閉まる扉を今すぐ開けて追いかけて、肉料理を食べたい衝動にかられる。


「…くっ…うぅ…」


しかし、隣で不安そうにこたらを見上げる少年に、アルヴァートはなんとかその衝動を堪え…はあ、と深い深いため息をついた。

自分と距離をとろうとギリギリまで壁にくっつく彼をじっと見て、ぼんやりと呟く。


「…いっそ、一緒に寝ようか。」


目の前のサンドイッチが美味しそうだし、と目を閉じて、彼は一度眠りの中へ逃げる事を決めた。