32
「カーはかーもめーのーカー、ターはタンバリンのター、リーはりーんごーのーリー、ナーは…うぅん…」
「その歌止めてくれないかい、ザイン。」
はあ、とため息交じりの言葉を聞いて、彼…大きな布で体をすっぽりとくるんだザインは、嬉しそうに窓を見る。
窓をよじ登って入ってきた子供…カタリーナの姿に、それを一生懸命堪えながらワザとからかうようにくるくると椅子ごと回った。
「カタリーナ、また来たの?」
「いいだろ別に。ここに来るのはアタシの勝手さ。」
「それもそだね。でも退屈だろう?ここ何も無いし。」
「ザインがいるだろ。アタシはそれで十分なんだよ。」
街の子供と話すよりずっと楽しいと笑うカタリーナに、ザインはうずくまるように座って「くふふ」と笑う。
自分よりずっと背が高いのに、自分よりも子供っぽい仕草に彼女も小さく笑う。
「…でも、もうすぐ津波が来るよ?」
「ここは高いから平気。それより聞きな。海賊に会ったんだ。アタシとそう変わらない子供でさ、なんと船長なんだって。」
「はは、じゃあカタリーナも船長になれちゃうね!」
廃船を積み上げて作られた塔はそれなりの高さがあるが、いつもそれをよじ登ってカタリーナは頂上であるこの場所にやってくる。
もうすぐやってくると噂されている津波もここなら怖くないと笑う彼女に、ザインももう何も言わなかった。
どうせ何を言っても聞かないだろうと、切り替えられた話に楽しそうに乗っかる。
「でも海賊かぁ。ボクを誘拐とかしてくれないかなぁ?」
「誘拐されたいのかい?」
「だって興味あるよ?海賊の生活とか。」
「誘拐されたら売られたりいじめられたりするに決まってるだろ。」
「今もあんまり変わらないよ。それならボクはいっぱい人と触れ合える方がいいな。」
にっこり。
布で隠れてしまって見えない表情の中で、ザインは笑った。
「…忌み人とか、意味わかんない。ザインはザインじゃないか。」
ポツリ。呟いて、カタリーナは座るザインの膝に頭を垂れた。
不安げに掴まれた手に、ザインは少し大仰に彼女の頭を撫でる。
“忌み人”とは、幸福の子供と対になる存在だ。
内太股にあの翼のような痣を持った存在に対して付けられた俗称。
いるだけで災厄を招くだなんて、そんなのはやはり、迷信でしか無いというのに。
たったひとつのそれだけで決まるそれが悲しくて。
だから守りたかったのだ。
守って、あげたかった。