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カタリーナが廃船の塔を出て帰るのは、いつも決まって夜が更けてからだった。
それは単純に家が嫌いだからという子供らしい理由であったが、何度も忌み人の所へ足を運ぶ娘に、最早両親は関心を持たないようにさえしていた。

だからこそザインの所に長くいれたわけでもあるし、津波に備えて街を出て行ったせいで人のいない夜を楽しむ事も出来た。

だがそれは一人だからだ。
誰にも出会わなかったから。
だからカタリーナは、そこに二人を見つけて固まった。


「な、にしに来たんだい、あんたら…」


昼間、海賊と名乗った少年アルヴァートといくらか年上の男。

アルヴァートは廃船から出て来たカタリーナに嬉しそうに近寄ったが、彼女は思わず後ろに後退った。


「ライノルズがここに用事があるって言うから来たんだ。カタリーナもここに…」

「帰れ。」


反射的だった。
反射的にそう答えて、反射的に二人を睨み付けた。

守らなきゃ。
海賊から、街の人から、世界から。
忌み人と呼ばれた彼を守らなきゃ。


「帰れよお前ら。ここにはアタシの友達しかいないんだ。帰れよ。帰れ、帰れ!」

「カタリー…」

「かえ…っ」


グイッと、目を塞ぐようにして後ろに引かれた。
それは先程まで自分の頭を撫でていた手だと気付いて、更に焦りが募る。

どうして出て来たの、ここから居なくなってしまうのと、恐怖が込み上げてくる。


「ザ、イン。」

「久しぶりだねぇ青年。昔よりずっと優男な顔して胡散臭いや。」

「君は相変わらずだね。」


カタリーナの思いをよそに、にやにやといつも通りの笑顔を浮かべるのをザインの指の隙間から見て、この青年…ライノルズと知り合いなのかと、密かに首を傾げる。


「カタリーナ、君が言ってた海賊?」

「あ、ああ。」

「そっか。じゃあちょっとお話しててよ。ボクはあっちと話があるからさ。」

「っザイン!」


あっさりと手を離し、ライノルズを連れて奥に帰ろうとする背中を思わず呼んだ。
ひたりと止まった背中に、だが何を言えばいいのかわからなくなる。

そうすれば、ザインはやはり、笑った。


「…えと、」

「ちゃんとカタリーナの歌作っておくね?」

「作んな!」


あははははと笑い声をあげる彼に、カタリーナは肩をすくめる。
その背中はどこか嫌な予感を彷彿とさせるから、カタリーナは静かに俯いた。

彼女の心情を知ってか知らずか、アルヴァートは頭の後ろで腕を組んで小さく声をあげる。


「あれが忌み人なんだ。なんつーか全然普通じゃん。」

「当たり前だろ。ザインはアタシの友達なんだ。」

「ふぅん?やっぱり迷信とかは信じるもんじゃねーなー」

「…ザインは気のいい奴で、いつも笑ってて、いつも歌ってくれる。アタシの話を一生懸命聞いてくれる。だから…」


静かに。
静かにカタリーナはアルヴァートを見る。
そしてその静かな瞳で静かな声で、はっきりと宣言した。


「…もし、お前の仲間がザインを傷付けたら、お前ごと殺してやる。」


カタリーナの宣言に、アルヴァートは少しキョトンとした後にふ、と小さく笑う。


「お前はザインが大好きなんだな。」


それだけ。
それだけだけれど、それだけで十分だったから。


「…ああ、大好きさ!」


だからカタリーナは、そう笑った。