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走る、走る、走る。
走っていなければ立ち止まってしまいそうで怖くて、怖くて怖くて怖くて。
先程までのやり取りが頭から離れない。
戻ってきたライノルズに「七年間、君を誘拐することになった」と言われ、カタリーナは勢いでザインの所へ走った。
そこで彼は、いつも通り椅子に座って笑っていた。
それが何故かとても悔しくて、思わず彼の胸ぐらを掴む。
「どういう事だいザイン!」
「そのまんま、早く避難しなよって事だよ?」
「なんで!一緒にいるって言ったじゃないか!ここなら高いし、津波くらい…っ」
「ダメだよカタリーナ。」
こんな声を聞いたのは、初めてだった。
こんな、全てを諦めきったような、声なんて。
「ダメなんだ。」
それはここも危険という事なのか。
自分がいる事は許さないという事なのか。
それはわからない、わからないからとても悔しくて何も言えなくて。
そんな彼女に、ザインは再びおどけるように両手を広げた。
「ボクは人が良いわけじゃないから、この街の人は恨んでるよ?でも気持ちもわかるから嫌いじゃない。忌み人なんて、ボクだって嫌がるよ。でもね、人魚は大好きな人間を一人、助けるだろう?歌を歌って海に引きずり込むくせに、大好きな人は助けるんだ。…ボクだって、助けられるんだ。助けたいんだよ。」
人魚は、その美しい歌で人間を惑わし深海へと沈めてしまう。
けれど、お伽話なんかでは深海に沈む人間を助けただろう、と言ったザインの気持ちなんて、簡単に理解出来た。
それだけ長く友達だったのだから。
それは誇らしくもあり、そして…悲しくもあった。
「…ザインの、バカたれ。」
笑うだけの彼が、悲しかった。
「あ、来た。」
呑気な声に、カタリーナはぐしぐしと乱暴に顔を拭った。
目の前、桟橋の上。
恐らくは彼が使用しているのであろう船の前で、ぶらぶらと足を揺らしていたアルヴァートはカタリーナが来た事に気付くとよいしょと立ち上がる。
「…アタシを、連れて行け。七年先の未来まで、連れて行け…っ」
七年後。
七年後なら、会いに行ってもいい。
だからそれまで自分を連れて行けと言う少女に、アルヴァートはじっと真っ直ぐに視線を向ける。
そしてゆっくり、はっきりと、その言葉を紡いだ。
「…俺は、お前が一番望む場所には連れて行けねぇよ。それでもいいか?」
こくん、ひとつ頷く。
それにアルヴァートも頷いて、彼女に手を差し出した。
連れられて乗った船が、ゆっくりと港を離れだんだんと見慣れた景色が遠くなる。
大好きだった場所が、見えなくなる。
もうあの手は自分の頭を撫でてはくれないし、歌を歌ってもくれない。
話を聞いてくれないし、笑う事も何も出来ない。
七年後の未来まで、何も。
「うーみーはーひろいーなーまっさーおーだー」
涙が滲んでカタリーナが俯こうとした時だった。
縁に身を寄りかからせてカナンの街を眺めていた彼女の隣、縁の上に腰掛けたアルヴァートは突然そう歌い出した。
「こーぐーまーつーりし、こーのーふーねー」
微妙に音程はハズれているし、途中から違う歌にすらなっている。
しかし楽しそうに歌う彼を見て、カタリーナは小さく笑った。
…今日からは、この歌を聞くんだね。
カナンの街が津波に襲われ沈んだのは、この二日後の事だった。